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えらい

遅咲きの俳優たち7人

俳優の中には、若い頃から成功する人もいれば、比較的人生の後半に差し掛かってから大きく花開いてくる人もいます。

今回紹介するのは、そんな遅咲きな俳優たち7選。いぶし銀のごとく磨かれた彼らの才能にご注目ください。



松重豊

20歳で舞台デビューを飾り、その後も舞台や映画、ドラマに出演し続けていたため、芸歴自体はとても長く、知る人ぞ知る俳優という感じだった松重さん。しかし本格的にブレイクを果たしたのは、なんと言ってもテレビ東京で放送された「孤独のグルメ」(2012〜)でしょう。日本中の注目がようやく集まったのは、重松さんが50代に差し掛かる直前頃だったのですから、かなり遅咲きと言えるのではないでしょうか。

そんな「孤独のグルメ」で主人公・井之頭五郎を演じてからというものは、他の多くの作品でも主要キャストを演じるようになっています。またモデルとしてランウェイを歩くなど、俳優以外の活動の幅も広げています。



ロバート・ダウニー・ジュニア

「アイアンマン」ことトニー・スターク役で世界に名を馳せるロバート・ダウニー・ジュニア。けれどそのキャリアはあまりにも波瀾万丈でした。

父親で、映画監督でもあったロバート・ダウニー・シニアが8歳のジュニアに勧めたのは…なんとマリファナ!それ以来、何かとドラッグ関連の話題には事欠きませんでした。若手の俳優として評価されてはいたものの、その都度ドラッグ関連のスキャンダルで、失墜を繰り返していました。

しかし転機が訪れます。マーベルコミックのヒーローである、アイアンマン役を打診されたのです。多くの人が、「ロバートに任せるのは危険すぎる」と止めましたが、監督は、「ロバートの波瀾万丈な人生が、役に深みを与えるだろう」と猛進。結果、役の人生を地で行くようなロバート・ダウニー・ジュニアの演技は多くの人の心を打ち、アイアンマンは大ヒットとなったのでした。

この時すでに43歳。本格的なブレイクを掴むまでの道のりは長かったのです。

そんなロバートを含む波瀾万丈な人生を生きた人々はこちらからお読みいただけます。



ホ・ソンテ(イカゲーム)

韓国発のNetflixドラマ「イカゲーム」に、ちょっとワルい感じのドクス役として出演し、大ブレイクを果たしたのがホ・ソンテです。

実は彼もかなりの遅咲き俳優。大学ではロシア文学を専攻し、卒業後はなんと韓国を代表する企業であるLG電子に就職!

語学力を活かし、ロシア駐在するなど、かなりのエリートサラリーマンだったんです。しかし常に上司の顔色を伺い続ける、そんな生活に疑問を抱くようになります。

そんなある日、偶然テレビで俳優のオーディション番組を目にしたホ・ソンテは強く好奇心がかき立てられるのを感じたそう。その時すでに、妻も子供もある身でしたが…俳優業に思い切って飛び込んでみることにしたのです。2011年、満34歳の時でした。

それから10年、ついに世界的な大ヒットドラマに出演するに至ったのです。

そんなイカゲームに関する逸話はこちらからお読みいただけます。




ダニエル・クレイグ

ジェームズ・ボンド役で知られるダニエル・クレイグは、今や世界中の人々の憧れの的です。しかし俳優人生の初期は、あまり華々しいスタートではありませんでした。

名門・ギルドホール音楽演劇学校を卒業したあとも、役者としての仕事にありつくことは難しく、しばらくは公園のベンチで寝泊りする毎日が続いたと言います。みすぼらしい格好のダニエルのことを気にかける人など、誰一人としていませんでした。

ジェームズ・ボンド役に抜擢されて、本格ブレイクを果たしたのは、なんと37歳の時。かなりの遅咲き俳優だったのです。

そんなダニエルの辿ってきた軌跡はこちらの記事をお読みください。



斎藤工

ずっと売れてるイメージのある斎藤工さんも、実はけっこうな苦労人。

もともとモデルとして活躍していましたが、長いこと日の目を見ることはありませんでした。しかしそんな中、先輩であるレッド吉田さんからこんな言葉をかけてもらったそうです。

「お前、腐るなよ。腐らずに続けていれば絶対どうにかなるから」…そんな言葉に勇気づけられ続けた俳優活動。その後、2014年のドラマ「昼顔」で大ブレイク。現在の地位を築いています。



佐藤二朗

ありとあらゆる映画やテレビドラマに出演し、自身で映画監督などもこなす佐藤二朗さんも、俳優としてのエリートコースを歩んできたわけではありません。

順当に大学を卒業し、そして就職した企業はなんと大企業であるリクルート!しかし入社したその日に、「何か違う」と感じ、たった1日で会社員人生とはさよならします。ここまできたら「俳優になるしかない」と思った佐藤さん、2つの養成所に通うもあまり芽が出ず、また会社員に戻るも、懲りずに(?)また演劇ユニット「ちからわざ」を旗揚げし、徐々に俳優としての活動にシフトしていくこととなります。

かなりの遠回りを経て、俳優としての地位を築いてきた佐藤さん。マルチに活躍できるのは、下積みの中の長い社会経験の賜物なのかもしれませんね。



西島秀俊

「あすなろ白書」(1993年)で同性愛の男性を演じ、注目を浴びた時の西島さんは、まだ20代前半でした。それからの活躍が期待されていたものの、若い頃は実はあまり多くの作品に出演することはありませんでした。

なぜでしょうか?それは、アイドル的な路線で売ろうとする周囲に抵抗したからだ、なんて言われています。ハンサムな容貌の持ち主ですが、同時に生粋の映画好きで、可能な限りアート性のある作品に出演したかったのでしょう。

慎重に作品を選び、努力を重ねていった結果、2002年の北野武監督「Dolls」などでふたたび注目を集め始めます。そして2021年、濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」で主演を務め、作品はアカデミー賞にノミネートされるなど国際的な注目を集めることとなります。

50代にして、美貌と実力を兼ね備えた、日本を牽引する俳優として完全に花開いたのです。これも、若い頃苦労して研鑽を積み続けた賜物なのかもしれません。

いかがでしたか?

遅咲きの人々に共通して言えることは、あえて若い頃チヤホヤされる道をあきらめ、自ら厳しいイバラの道を選んだ人々であるということではないでしょうか。

年を重ねたら、それまで生きてきた人生が如実に顔に現れると言います。彼らの顔を見れば、その努力の道筋がはっきりと伝わってくるようです。

プレビュー画像: ©Twitter/annhomin