【 垢だらけで激クサ&超不潔!】華麗で優雅と思いきや…想像以上にシュール!カオスに満ちた平安貴族のリアルライフ後編

前回の続き、(前編「【 気になる姫がいたら とりあえず覗き見】華麗で優雅と思いきや…想像以上にシュール!カオスに満ちた平安貴族のリアルライフ前編」・中編「【 気になる姫がいたら とりあえず覗き見】華麗で優雅と思いきや…想像以上にシュール!カオスに満ちた平安貴族のリアルライフ中編」をの続きです)

インフルエンザで寝込んだA氏。しかし平安時代にはインフルエンザの概念がないため原因不明の謎の病だと思い込んでいます。もしかしたら、以前交際してフェイドアウトした高貴な未亡人の生き霊か?と不安になる始末。自然消滅を狙っているのを見透かすような彼女の恨み辛みの手紙を思い出し、「まさか彼女の生き霊が?!」と熱で朦朧としながらうなされています。

・病気は物の怪の仕業?!平安貴族のビックリ療法

 

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これまで数多くの政敵を蹴落とし失脚・左遷させてきたA氏の一族。息子とは別の理由で、恨まれる心当たりありまくりな父親は大いに心配し護摩まで焚かせて祈祷させる始末。高熱の中、ありがたい念仏のリズムにズキズキとうずく頭痛のリズムをリンクさせ、霊験あらたかな護摩の煙の匂いに少しむせそうになりながらA氏は眠りの世界へと落ちていくのでした…

翌日、熱も下がり体調も回復しつつあるA氏。ありがたい加持祈祷によって怨霊が退散したおかげか、それとも体内の免疫力がインフルエンザを成敗したおかげかはさておき、とりあえずあと数日も養生すればいつもの生活に戻ることができそうです。それにしても一方的にフェードアウトされた上に生き霊疑惑を抱かれる未亡人が気の毒ですが、平安時代ではこうした怨霊や物の怪の類が本気で信じられていました。

食欲も戻ったA氏、大好物の「蘇(そ)」も完食。ちなみに藤原道長は蘇に蜂蜜を練り合わせた「蘇蜜煎」がお気に入りだったとか。当時希少な牛乳を加熱濃縮して作る蘇は贅沢品でした。

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・下ぶくれ美人の実態…実は栄養失調だった平安貴族女性

当時の人々は栄養状態が悪く、貴族の場合は不健康なこともあり平均寿命が長くなかった平安時代。特に高貴な女性は食べるという行為自体がはしたないことだと考えられており、食事の摂取をできる限り抑えていたため栄養失調に陥りやすく、男性よりも短命な傾向にありました。宗教上の理由で肉類や卵を殆ど食べず、魚も干物が基本。塩分過多な上に栄養バランスが偏った食事で浮腫みがち。平安絵巻の下ぶくれ美人は実は栄養失調と塩分過多により浮腫んでいるだけの「むくみ美人」だったと言われています。新鮮な川魚や獣肉を食べる機会のあった庶民のほうが健康的な食生活だったそうです。

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・雅な平安貴族…でも実は垢だらけで激クサ&超不潔!

平安時代の人々の主な「三大死因」は、結核、脚気、皮膚病。当時の贅沢品である白米が主食、肉類を殆ど食べないため必然的にタンパク質不足による栄養失調が結核と脚気の原因とされています。また、当時の人々は入浴の習慣がなく、サウナのような蒸し風呂で体を温め浮いた垢を落としていました。とはいえ、平安貴族にとってお風呂は体を清潔に保つためよりも身体を清める「禊」の意味合いが強く、大事な宮中儀式の前や神仏への祈りをささげるための清めの目的でしか体にお湯を浴びることもありませんでした。

また、占いでお風呂の日を決めており、垢を落とすことで「毛穴から邪気が入る」と考えられていたため、ゴシゴシ擦って垢を落とすこともなく、体は常に垢だらけ…雅な貴族たちは非常に体臭が強く、不潔。身体に溜まった垢が原因で皮膚病を発症していたのです。死因の原因が垢だなんて…嫌すぎます。当時お香文化が発達した背景には、不衛生からくる激クサ体臭をごまかす目的もあったと言われています。「着物の上に乾いた垢が落ちて白く溜まってることがある」と清少納言が書き残していることからも、相当な不潔っぷりが伺えます。

ちなみに、庶民たちは蒸し風呂によって汗を流し、浮き出た垢をこすって落としたり水をかけながして体を洗う習慣もあったため、貴族よりもずっと清潔でした。

不健康で不潔、さらに慢性的な運動不足により高貴な女性は短命の傾向にあり、出産や産後の肥立ちが悪く命を落とすこともよくありました。また、栄養失調気味なことから病気に対する免疫も低く、伝染病などにも感染しやすく流行病であっけなく亡くなることも珍しくはありませんでした。

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さて、数日の療養生活を経て、体調が回復したA氏。大納言の姫意外にも他に気になる姫がいるらしく、せっせと恋文をしたためています。女子受けしそうな高価な唐紙に品の良い香を焚きしめ季節の花を添えて、スマートな公達アピールのつもりです。しかも、覗き見が大納言にバレていたらしく、屋敷に招待されてウキウキです。大納言家側としても有力な名門貴族の息子A氏は婿候補として望ましいのでしょう。

「もしかしたら、庭で蹴鞠とかする僕の姿を御簾の向こうから姫に覗き見させるつもりかもしれないから、趣味の良い直衣でセンスの良さをアピールしなくっちゃ!」と衣装選びに余念がありません。「あ、でも…例の未亡人にも何かフォローしないとヤバイな…」と思いながら恋多き平安貴族A氏の日々は過ぎていくのでした。

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ちなみに平安時代の結婚は「通い婚」が基本。結婚しても一緒に住むことはなく婿が妻のもとに通う形が続けられました。通い婚な上に一夫多妻、しかも自由恋愛ゆえに浮気は当たり前…夫の訪問が途絶えることもザラにあり、いつ来るか分からない不実な夫の訪問を待ちながら悶々とした日々を送る妻も少なくはありませんでした。平安時代の和歌にはつれない夫や心変わりした恋人への恨み辛みを綴った歌が多いのも納得です。離婚する夫婦も多く、「枕草子」を書いた清少納言も離婚経験者のバツイチでした。

また子供が生まれたり、夫が屋敷を持つと正妻を寝殿造のプライベートな居住棟である「北対」に住まわせることもあり、北の方(正妻)の由来となっています。

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・漢文が読める女は生意気、男尊女卑な平安貴族社会

男社会の平安時代は圧倒的な男尊女卑の時代でもありました。蝶よ花よと育てられた上流貴族の姫ですが、まさに籠の中の鳥。自分自身の意思で人生を切り開くことなど不可能でした。漢文が読めないと言われていた貴族女性ですが、実際には習得している女性も多く、漢文の素養があると「女のくせに生意気だ」と思われることもあり読めないふりをしていた女性も少なくはありませんでした。「枕草子」や「源氏物語」には、漢文に由来している文章がかなり含まれています。

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・平安美人の長く豊かな黒髪、でも実は…

また、平安美人の条件とされたのが豊かな長い黒髪。「あの姫の髪は長くて美しい」という噂だけで十分に恋に落ちる公達もいたほど、当時の貴族女性にとってまさに「髪は乙女の命」!米のとぎ汁を使って髪を濡らしてとかして艶を出すヘアケアや香木をたいて髪に香りをつけたりと、貴族女性たちは髪のお手入れを欠かさなかったとか。

しかし!髪の毛を洗うのは多くても1、2ヶ月に1度。数ヶ月洗髪しないなんて当たり前の世界でした。現代人の感覚では「汚ったな…」とドン引きですが、超ロングヘアを洗って乾かすのは1日がかりの大仕事。「寿命が短い人は髪が乾く前に死んでしまう」とも言われたそうですが、実際に冬場に髪を洗ってうっかり風邪をひいてこじらせてしまう貴族女性も多かったことでしょう。滅多に洗わないためにシラミも多く、悪臭を放つ(と勝手に推測)頭皮や髪の臭いを香でごまかそうとしたのも健気ですね。

洗髪には小豆の粉や灰を溶かした水の上澄みをシャンプー代わりに使っていたそうです。ちなみに上流貴族に仕える女房や宮仕の女官には髪を洗うための「洗髪休暇」があったとか。

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当時は真っ直ぐな長いストレートヘアこそ美しいとされ、くせ毛の女性たちにとっては不遇の時代でした。くせ毛風パーマが大人気の現在とは大違いですね。

奥ゆかしい女性像を求められ、大食いははしたないからと控えめな食事量、また分厚く塗った白粉が剥げ落ちるため笑うこともできなかった平安貴族女性。笑わないこと=女性らしく上品という考え方が浸透し、おしろい白粉ののりをよくするために眉毛まで抜いて能面の様に無表情でいることが上品とされました。上流貴族男性が積極的にアクティブな恋愛を楽しむ一方、上流貴族女性は「見初められるのを待つ」受け身の姿勢が基本。美しい衣装に身を包みながら、屋敷の奥で恋人や夫の訪問を待ち続ける日々。一夫多妻ということもあり、相手の心変わりに苦しむ上流貴族女性は多かったことでしょう。

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やんごとなき平安貴族の雅な世界…しかしそれは美意識の高い時代であると同時に、迷信としきたりが支配した現代から見るとシュールでカオスな時代でもあったのです。光あれば闇あり。優雅な貴族たちが実はとても不潔だったように、華麗な王朝絵巻の世界の裏にも様々な闇の部分もあったようですね。現代の感覚で見るとかなり「チャラ男」なA氏ですが、当時の公達としてはごく普通の感覚だったのも興味深いものがありますね。

プレビュー画像: ©️pinterest/hobbytimes.jp

出典

mag.japaaan.com

ameba.jp

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