10年以上にわたる薬物依存症から男性を救った一言とは・・・

子どもたちが巣立つ日に向けて、多くの親は運転免許取得の費用を準備したり、新しい住まいで使うソファを選んだりするかもしれません。 でも、アメリカ、ニューヨーク州出身のケビン・オルターの両親は、息子の葬儀代を用意したと言います。ケビンは青年期からずっと薬物依存により地獄の淵をさまよってきたためです。

「お金はすべて注射器とヘロインの包みにつぎこみました」と、現在31歳のケビンは言います。ケビンはもう3年以上薬物を使用していません。しかし、そこにたどり着くまでには長い地獄のような日々がありました。

すべての始まりは学生時代でした。ケビンが友人と初めてコカインを試したのは17歳の時。一度でも使用するともう戻れなかった、とケビンは回想します。

両親はすぐに息子が麻薬に手を出したことに気づき、彼を依存症専門のクリニックに送ります。クリニックに行った後、彼は大学に復帰しますが、昔の友達の輪に戻ってしまいます。

「友達がみんな麻薬をやっていたので、私も戻ってしまった。だんだんと家族にばれないようにするのが上手くなったよ」とケビン。しかし、彼がまた同じ道に戻ったことを知った両親は、息子に葬儀代を手渡し、家を追い出しました。

このとき彼はコカインではなく、新しい薬ヘロインに手を出していました。「そこから11年、ヘロインが私の人生を支配しました。何度も何度も欲しくなり、それ以外のことは考えられなくなるんです」

その11年間は「逮捕、拘置所、リハビリ、救急車、殺傷沙汰、ホームレス、友人の死」で埋め尽くされていました。約束を破り、機会を逃し、失敗することの繰り返し。人間関係、キャリア、そして自尊心、人生のすべてが破壊されたといいます。

ホームレスになり、駅や階段の下に住んでいたときは、なぜ今も生きているのかと自問していました。自分は永遠にヘロイン中毒なのだと思っていたとケビンは言います。

しかし、27歳のときに入った29箇所目となる治療施設での出来事が彼を変えます。あるセラピストがケビンにこう言ったのです。「あなたは自分が嫌いだからドラッグを使うのよ」その言葉がケビンの脳裏に焼き付きます。

「まるで10年の暗闇の後に誰かが明かりをつけたかのようだった」と、31歳になった彼は回想します。「私はドラッグから抜け出すために、自分を愛することを学ばなければならなかった。10年以上にわたる麻薬中毒の後、私は愛とは何かを完全に忘れてしまっていた」

中毒を克服し、自分の人生への道を切り開くことは、ケビンのこれまでの人生でおそらく最も難しい仕事でした。現在、ケビンは3年以上薬物を使用していません。そして、それを維持するために毎日戦い続けています。

それだけでなく、ケビンは、若者たちを救うために高校で講演し、生徒たちと話をするために全米をまわる活動をしています。さらに、友人の死を悼む詩を書いたことをきっかけに『The Addict's Diary』(中毒者の日記)というブログを開設し、3年間で70万人近いフォロワーを獲得しました。この中で、彼は自分のこれまでの失敗や後悔を赤裸々に共有しながら、自分を「生きている中で最も幸運なヘロイン中毒者」と考えるようになったと語っています。

「良いことも悪いことも醜いこともすべて共有している。私は人々に刺激を与え、人々を教育し、そして命を救いたい」とケビン。

現在のケビンは、依存症時代の絶望的でやせ衰えた若者とは別人のように見えます。この変化のために彼がどれだけ努力し、意志を持って闘ってきたのかは想像に難くありません。一方で、他人を助ける、他人の苦しみを救うという目的が逆に彼を救ってきたともいえるでしょう。

18歳のときに自分を追い出し、葬儀代を用意した両親に今は感謝していると言います。彼らはもう過去にとらわれてはいません。長年、家族と一緒に過ごす休暇やお祝いをたくさん逃してきたケビンは、今は家族と時間を過ごすことで、失われた時間に向き合えるようになったと語ります。

人生をやり直すのに、遅すぎるということはないのですね。

日本にも薬物依存症から回復した当事者が中心になって運営している回復施設や自助グループがあります。

プレビュー画像: © Facebook/Kevin Alter

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