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名奉行「遠山の金さん」しかし彼は下半身にある深刻な悩みを抱えていた…

「おうおう…目ん玉かっぽじってようく見やがれ!この桜吹雪に見覚えがねぇとは言わせねえぜ!

テレビドラマ時代劇「遠山の金さん」でお馴染みの、ハイライトシーン。北町奉行の遠山景元が遊び人の金さんとして、江戸の街で先入捜査。事件の真相と黒幕を突き止め、お白洲の上で悪を暴き、裁きを下す。

時代劇の王道「勧善懲悪」の明朗快活な1話完結型ストーリーは、安心して見られる「お茶の間番組」として、長く親しまれてきました。

ドラマの中では毎回もろ肌脱いで、ドヤ顔でガッツリ入れた桜吹雪の刺青を見せつけ、悪人に自分が悪事の証拠を握る「金さん」であることを知らしめ、観念させる遠山の金さんですが…主人公のモデルとして知られる実在の人物遠山景元も裁判上手として知られており、将軍徳川家慶から裁判ぶりを激賞され、奉行の模範と讃えられたという記録も残っています。

そんなときの将軍の覚えもめでたい名奉行、遠山景元でしたが…実は下半身のある症状に長らく悩まされていました。

彼を悩ます症状、それは「痔」。しかも、かなり重度の痛みを伴うものだったらしく、一時は馬に乗ることすらままならない状態だったそうです。

(↓時代劇の乗馬姿と言えば、このお方。しかし、金さんの下半身事情ではそうはいかなかったようです)

江戸の北町奉行・大目付としての立場から、何かと江戸城に登城しなければならなかった山景元こと金さんですが…当時、江戸城に登城するにあたり、身分や役職によって「城の門まで駕籠に乗ってきてもよい者」、「駕籠はダメだが、馬になら乗ってきてもよい者」と分けられていました。金さんは、馬での登城ならば許される身分でした。

馬に跨り、江戸城までお尻に振動を感じつつ登城。これは痔に苦しむ金さんにとって、耐え難い苦痛を伴うものでした。

北町奉行・大目付たる者、馬上で姿勢を崩すわけにはいきません。威厳を正すためにも、そして落下しないためにも、姿勢を真っ直ぐ保って乗馬し続けなければいけません。しかし…そうなると体重の負荷が振動と共に金さんのお尻を直撃します。

「だめだ、到底乗馬での登城に耐えられそうにない」

そこで、金さんは痔を理由に、幕府に5ヶ月間だけの期間限定で駕籠での登城を申請します。なぜ、5ヶ月間だったのか?それまでに治る予定だったのか?様々な憶測がありますが、文政9年(1826年)9月から翌年の正月明けの1月まで、と申請書には明記されており、正月が明けるまではせめて…(駕籠で登城させて)との思いがあったのかもしれません。

ちなみに、幕府に出した申請書にははっきりと「私は痔を患っているので〜」と書かれています。

当時も痔はよくある疾患で、松尾芭蕉や遠山の金さんと並んで名奉行で知られた大岡越前も痔に悩まされていました。

大岡越前に至っては、いぼ痔だったらしく、寛保3年(1743年)1月15日の朝に激痛とともに痔から出血。2日後に控えた公用行事を痔のために休みたいと、当時ライバル関係にあった行事責任者に告げるも、「今更遅いからダメ」と却下されてしまいます。

名奉行で知られる大岡越前といえど、よほど悔しかったのでしょう。大岡忠相が書いた「大岡越前守忠相日記」にこの痔にまつわるトラブルに関する記載があります。ちなみに、15年間にわたり書き続けられた日記で痔に関して触れられたのはこのときだけ。それだけ痔の症状が深刻で本人にとっても見過ごせない出来事だったのでしょう。

名奉行を悩ませていた意外な、でも本人にはとても深刻な症状。現代のようにウオッシュレットトイレもボラギノールもない時代、お尻に痛みを抱えつつもしっかりと適切な裁きを下してきたと思うと、なんとも感慨深いものがあります。

時代劇の中、威勢よく啖呵を切る「遠山の金さん」や「大岡越前」を見る目が少し変わり、なんとも身近な存在に思えてきますね。

出典: zatsugaku-company.com

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