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トリビア

【1919年】アメリカ人が撮影した大正時代の日本。後半まで見て あることに気づいた。

今から遡ること約100年前の1919年。1年前の1918年(大正7年)に日本も参加した第一次世界大戦が集結。物価やコメの価格急騰にともない、のちに「1918年米騒動」と呼ばれる暴動事件が全国的に発生するなど、激動の時代でもありました。

今回みなさんに紹介する動画「カラー化映像でよみがえる1919年の日本の生活」は、1905年(明治38年)に東京に設立されたキリスト教女子青年会(YMCA)によって撮影されたもので、投稿主のPearbookさんがカラー化し、YouTubeにアップロードすると視聴回数がたちまち100万回を超えるなど話題となっています。

小川で洗濯をしたり、生活用水を汲む女性たち。

YouTube / Pearbook

いつの時代も子供たちの可愛らしい笑顔に変わりはありません。

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まだアスファルト舗装がされていない道路を人力で押し固める男性たち。

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こちらは大正時代の散水車です。運河から汲み上げた水をまずは散水車に。

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そして未舗装の砂塵防止のために道路にまいていたのです。

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途中、左折しようとする農夫と小競り合いになってしまいます。

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「信じられないかもしれないだろうけど、昔はベッピンさんだったのよ」と語る年配の女性。

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こちらは大正時代の果物屋さんです。陳列されているのはリンゴでしょうか、風情があって良いですね。

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建物や生活用具の多くが木材や竹材で作られていて、温かい印象を受けます。

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場所は変わって、宮城県松島の洞窟遺跡群。

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江戸期に天台宗徒が掘ったといわれています。

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再び場所は変わって、今度は北海道の函館港。荷物を運んでいる若い男性。

YouTube/y7GkR2TS3uo

塩漬けにした鮭を港から運ぶのは女性の仕事でした。

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そして一行はアイヌ民族の村を訪れます。

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たくましい髭をたたえた貫禄のある村の長老たち。社会に自由な雰囲気が広がった「大正デモクラシー」とは反対に、アイヌの人々が昔ながらの伝統的な生活をしているのは「原始的」であると、人種差別的な批判の声が高まっていったのも大正時代でした。

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アイヌの村の映像はここまでで、ここからは工場で働く女性たちが映し出されます。字幕で、この頃はまだ法律で1日12時間労働が認められており、年間7万人の女性労働者達が結核の犠牲者となっていると、1916年に施行された「工場法」(労働基準法の前進)の不備を批判しています。

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動画の最後は日光東照宮へと向かう参拝者たちの様子。ここはまだ東武日光線が開通前の当時、東京方面から唯一の乗り換え駅だった宇都宮駅でしょうか。

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大きな石鳥居と奥には表門も見えます。東照宮は100年前から全くといって良いほど変わっていないことに気づかされます。

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いかがでしたか?この100年間で日本という国がどれほど発展したのか、映像で見るとよく分かりますね。これから100年先の日本は一体どんな光景なのか想像するとワクワクしてしまいます。動画はこちらからご覧頂けます。

 
プレビュー画像:©︎YouTube/Pearbook