【渡辺謙もびっくり】南スペインの小さな町では日本人の赤ん坊が生まれ続けている。そのミステリーの発端は、誰もが知るあの片目の武将だ

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戦国武将の中でも特に人気があるのは、伊達政宗でしょう。その波乱万丈な人生はたびたび脚色の対象になっており、渡辺謙さんが演じた三日月型の兜と眼帯を身につけたその勇姿を記憶している人も多いのではないでしょうか。しかし、彼が実はグローバルな視野を持つ人間の先駆けだったことはあまり知られていません。今回紐解くミステリーは、東北の隻眼の英雄と、あの情熱の国との関わりです。

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南スペイン・アンダルシアの人口3万人の小さな街、コリア・デル・リオ。白壁の家が建ち並ぶ、なんの変哲も無い典型的なアンダルシアの街のように見えます。しかしこの町には、一風変わった苗字の人たちが暮らしています…その苗字は、「JAPON(ハポン)」。文字通り、「日本」を意味する苗字を持つ人々が、この街には約600人も暮らしています。そして彼らは、誇り高き侍の末裔であると言われているのです。日本から1万キロも離れた小さな街に、どうして侍の名残が残っているのでしょうか。ことの発端は、400年前まで遡ります。

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1613年、スペインと通商の交渉をするため、陸奥国石巻からスペインへ使節団が送られます。支倉常長(はせくら つねなが)率いる約180名の「慶長遣欧使節団」です。支倉常長がその当時仕えていたのが、あの伊達政宗でした。伊達政宗は、この時すでに海外戦略の重要性を理解していたからこそ、使節団を派遣したに違いありません。

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翌年、ほぼ1年がかりでスペインに到着した一行は、当時税関のあったコリア・デル・リオに数日間滞在したと言います。一行はそのあとスペイン国王に謁見し、さらにローマへ向かいますが、スペインとの通商交渉は果たせず、失意の中帰国しました。しかし、帰国の際に立ち寄ったコリア・デル・リオで、武士のうち幾人かがそこに残ると決意したと言われています。現地の女性に恋をしていたのかもしれません。そう、ハポン姓の人々は、その時に残った武士の末裔である可能性があるのです。実際、ハポン姓の人々の赤ちゃんには、ヨーロッパの人には決して見られない蒙古斑があると言われています。

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長い年月が経過しているため、顔立ちや風貌に日本人の面影はほとんど見られませんが、ハポン性の人々の多くが真面目で努力家な日本人を尊敬し、その姓に誇りを持っていると言われています。1996年にミス・スペインに輝いたマリア・ホセ・スアレスさんも、現地に残った日本人の末裔であるそうです。どことなく面影を感じるでしょうか?

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現在のコリア・デル・リオには、1992年に宮城県から送られた支倉常長の銅像が立っています。日本人の勤勉な国民性が違う国で評価され、伝えられていることはとても喜ばしいことです。現地では日本人はなかなかの歓迎を受けるということなので、もし興味があれば一度はこの侍の末裔が暮らすスペインの街を訪れてみてはいかがでしょうか。

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