ちえとくをフォローする

おもしろ・びっくり

大奥で毎年、大晦日の夜に行われていた「恒例行事」。その実態を知って思わずゾッとした

将軍を除いては男子禁制の女の園、大奥。将軍のお子を成す所として、幕府から重要視されていた大奥で働くことは、江戸の世を生きる多くの女性の憧れのひとつでした。

しかし、大奥の女性は将軍の正室である御台所を筆頭に側室、御年寄、御小姓など細かい身分に分けられた階級制によって支配されており、外界との接触を一切禁止されていました。その閉鎖的な環境では、鬱憤のはけ口を目的とした恐ろしいイジメが横行していたのも、また事実です。

そんな大奥のイジメのなかでも特筆すべきなのが、毎年大晦日の夜にその年に大奥に入ってきた新人の「通過儀礼」と称して行われた「新参舞」です。それはなんと、晴れて奥女中になれた新参女中たちが先輩の女中の前で裸で踊るという衝撃的なもの。

pin

家柄の良い女性たちばかりが集められた大奥。そんな場所で、新人たちは羞恥心をかなぐり捨てて衣服を脱ぎ、腰巻一枚の姿で先輩たちに一発芸を披露することを強要されていたのです。

新人とはいえ、彼女たちも良家の娘たち。きっと恥ずかしい気持ちを押し殺して、必死で芸を披露することにだけ集中したのではないでしょうか。自分が新人の立場だったらと想像すると、思わずゾッとしてしまいます。

pin

新参舞のほかにも、大奥では実にさまざまな形で陰湿なイジメが行われていました。懐妊発覚した側室・女中に流産の呪いをかけるのは日常茶飯事で、11代将軍・家斉の側室だったお梅の方に至っては、庭で転ばされて流産し、さらにそのショックが原因で夭折してしまったと言われています。

pin

大奥の女たちの鬱憤の矛先が向けられたのは、後輩女中だけではありませんでした。主にその対象になったのは、大奥に少人数ではあったものの存在した男性役人・お留守居役(将軍不在の江戸城の留守を守る役人たち)。彼らは節分の豆まきの際、女中たちに布団でがんじがらめにされた挙句、体中を好き勝手に揉まれるなど、その多くが今でいうセクハラの被害者となったそうです。

pin

いかがでしたか?大奥というと格式の高いイメージがありますが、裸踊りを強要する習慣があったとは驚きです。学校や職場でのイジメは現在でも社会問題化していますが、いつの時代も他人に屈辱感を与えることに快感を抱く人がいるということにやるせない気持ちを感じざるをえません。