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娘をを医者に連れて行くまで13年も待った両親。そのとき判明した事実が衝撃的!
サーリ・レズィータは1993年10月16日、インドネシアの貧しい漁師の家庭に生まれました。母親のスリャーニと夫は、元気な次女の誕生を喜びました。
家族は多くを持たない質素な暮らしをしていましたが、サーリはその分笑顔が絶えない、愛情にあふれた家庭に恵まれました。
生まれて数ヶ月は両親と妹思いの姉に見守られ、サーリはすくすく成長しているよう思われました。しかし時間が経つにつれ、家族はサーリが他の子供と少し様子が違うことに気づき始めます。
「2歳になってもサーリは喋ることも歩くこともできませんでした。私たち夫婦は発育が遅いのだと考え、しばらく様子を見ることにしたのです」スリャーニは説明します。娘を心配した両親でしたが、病院がある街へ行くための資金が工面できなかったことが、娘を医者に連れて行けなかった理由でもありました。
数年が経っても状況は変わらず、サーリは3歳になった頃から肉体の成長も止まってしまったようでした。しかしそれでもサーリはいつも元気で笑顔を絶やさない、実に明るい少女でした。
弟や妹たちと一緒に歌を歌ったり、遊んだりするのがサーリの日課です。
サーリが健康面で特殊な事情を抱えていることは明らかだったものの、特に健康を害することもなく、結局病院を訪れることなく10年以上の歳月が過ぎていきます。
サーリがやっと医師の診察を受けたのは、13歳になった頃でした。既に10代のティーンエイジャーも関わらず、幼児の肉体を持ったサーリを見て、担当した医師は驚きを隠せませんでした。
「何らかの理由で成長が遅くれていると言われました。歩くことと喋ることはできないものの、内蔵機能は正常で健康状態も良いとの説明を受けました」スリャーニが説明します。
遺伝性の病であることが考えられましたが、サーリの兄弟たちも親戚を見てもこのような症状を抱えている人はおらず、原因は結局わからずじまいでした。
介護を必要するサーリの世話は、兄弟と親戚たちが順番に担当しています。
現在、サーリは24歳です。身長は90センチ未満、体重は20キロほどしかありません。
サーリは依然として喋ることができませんが、娘と強い絆で結ばれている母親には娘が言いたいことが理解できるそうです。
「サーリはときどき、新しい服や化粧道具、靴を欲しがることもあります。買ってあげるお金はないのですが」
最近、サーリの両親は娘を連れてスリアディ・ウマル医師との面会を果しています。ウマル医師は、似たような症状を持つ患者を担当した経験を持つ、インドネシア国内では名の知れた医師です。
ウマル医師の見解は、サーリがターナー症候群を抱えているというものでした。これは染色体異常の一つで、世界を見ても1200件しか確認されていない非常に珍しい疾患です。また、女性にしか見られず、低身長、知的障害、短い首などが特徴とされています。現在のところは不治の病ですが、ウマル医師によると、早い段階で診断が行われていれば症状をある程度まで抑えることができるケースもあるそうです。「残念ながら、サーリにはすでにしてあげられることはありません」ウマル医師は説明します。
スリャーニーはそれでも希望を捨てていないと言います。「いつか治療法が見つかり、サーリが歩けるようになることを信じています。それになにがあろうと、家族は今後もサーリのことを支え愛し続けます」
こちらから、サーリと家族の話を紹介した動画が視聴できます。(英語音声のみ)
生まれてすぐに適切な医療を受けていればサーリの現在状況は違っていたかもしれません。インドネシアは世界第4位の人口を誇る開発途上国で、人々の保健医療へのアクセスは近年改善を見せる一方、社会階層間の大きな格差が存在しています。しかしさまざまな制限や困難ある日々を送りながらも、サーリと家族はそこに笑いや喜びを見つけることのできる明るさと力強さを持っているようです。
