「一生を終えてのちに残るもの」新聞に投書された男性の言葉 読んだ瞬間 今すぐ生き方を変えたくなった

誰もが、自分の人生をより豊かに、有意義なものにしたいと望んでいるはずです。

しかしそのために、私たちがしていることと言えば何でしょう?

必死に働いて、より良い仕事に就き、そして車を買ったり、家を買ったり、自分の欲しかったものに囲まれて暮らすこと…そうなることが豊かになることだと多くの人が信じているかもしれません。確かに、それがひとつの幸せの形であると言うことはできるでしょう。

しかし、もっと本質的に意味のある人生を送るためのヒントがある新聞の投書欄に投稿され、大きな話題を呼んでいます。

実際にその投書をご覧ください。

Twitter/natsukilog

「集めた」ものは、自らの死とともに消えてなくなるでしょう。でも、「与えた」ものはそうではない…

投稿者の50歳の会社員は、両親との死別を契機に、そんなことを考えるようになったと言います。20歳の頃に読んだ小説「続氷点」(作・三浦綾子)にあった言葉「一生を終えてのちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである」という一節から得た発想ですが、読んだ当時は、その意味を深くは理解していませんでした。

しかし両親と死別し、両親が人々の記憶から消えていくさまを見た今、あの時読んだ一説が深く心に沁みたのです。

集めたものはなくなってしまう。けれど、人に与えたものは、人々の記憶に残り、例え自分が死んだとしても長く残るのではないか?そしてその施しを、次の世代にたすきリレーのようにしてつないでいくことが、私たちが生を受けた意味なのかもしれない…そんな考えに至ったのです。

この投書は、「マジでこれ人生だと思う」というコメントと共にTwitterに投稿され、大きな共感を呼びました。

Twitterの人々の反応

いかがでしたか?

仕事に忙しい現代人は、人生の本質というものを見失ってしまう時があるのかもしれません。より俯瞰的に自分の人生を捉えた時、本当に意義あるものになっているだろうか?と時には立ち止まって考えてみることも重要かもしれません。この投書に、深く考えさせられてしまいました。

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出典

こぐま速報, プレビュー画像:  / © Twitter/natsukilog

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