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ストーリー

【お下劣すぎてドン引き!】神に愛されし作曲家の知られざる素顔…天才モーツァルトの異常な性癖に絶句

天才音楽家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)。幼くして音楽の「神童」と呼ばれ、天賦の才能に恵まれたモーツァルトは35年という短い生涯の中で626曲もの楽曲を作曲。数多くの不朽の名作を残し、今なお西洋古典派音楽を代表する作曲家として愛されています。

宮廷音楽家の父レオポルドの英才教育のもと、幼くしてメキメキと才能を開花。クラヴィーア演奏が得意でモーツァルト同様に神童と呼ばれた5歳上の姉マリーア・アンナと父とともに、6歳からミュンヘン、ウィーンなど各地の上流サロンや宮廷を巡る演奏旅行を始め、音楽家街道を邁進します。

シェーンブルン宮殿で演奏した際には6歳にして当時7歳のマリー・アントワネットにプロポーズしたという逸話も残っています。 

幼少期のツアー先では目隠しをさせピアノを完璧に演奏、即興演奏なども見事にこなし、5歳で作曲…と天才伝説の枚挙にいとまがないモーツァルトですが、その素顔は音楽史に燦然と輝く「楽聖」としてのイメージをぶち壊しかねないものでした。

一体、どのような「素顔」だったのでしょうか?

西洋音楽の金字塔モーツァルト…その素顔は、実はお下劣で下ネタ大好きなど変態だったのです。

それも、大のうんこ好き

 

【モーツァルトがう◯こ好きになった原因は?】

モーツァルトのうんこ好きの土台は幼少期から築かれつつありました。母アンナ・マリアは家庭でも「うんこネタ」を連発する陽気な女性で、物心ついた頃から母の影響を多分に受けて育った姉とモーツァルト…彼らが「うんこ好きのサラブレッド」として育つのは時間の問題でした。

宮廷音楽家としての品格に溢れた父だけは、うんこ好きから一線を引いていたようですが、それでも愛妻のうんこに対するお下劣ネタを微笑ましく見守っていたようです。母アンナ・マリアが夫レオポルドに宛てた手紙には「たっぷりうんこして、オナラしておやすみなさい」と書き残されています。

かくして、モーツァルトは音楽の英才教育を父から、うんこ好きの英才教育を母から受けてスクスクと成長したのでした。

 

【う◯こ連呼!手紙でも大暴走!】

成人してからも相変わらずのうんこ好きはとどまるところを知らず、仲良しの従姉妹マリア・アンナ・テークラ(通称ベーズレ)に宛てたうんこネタ満載の手紙、いわゆる「ベーズレ書簡」が残されています。

もとは大量にあったとされるこの「うんこレター」、じゃなくてベーズレ書簡ですが、モーツァルトの死後あまりのお下劣ぶりを危惧した彼の息子たちによってその多くが破棄され、現在は6通が保管されています。

残された代表作の一部を紹介しましょう…

「あなたの鼻に糞をします」

「ウンコで君のベッドを汚してやるぞ!あれ?お尻が痛い、燃えてるみたいだ!どういうことだ!もしかしたら、ウンコが出そうなのかな?知ってるぞ、お前だな、見えるぞ、においがする、ん、何だ?そう、そうだウンコだ。ぼくの耳め、ぼくをだましちゃいないね?それにしても何という長い、悲しげな音だろう!」

「僕のおしりが火事になった!どういうこと!知ってるぞ、みえるぞ、なめてやろうか、ん、何だ?ウンコが出たがってる?そう、そうだウンコだ!俺は変態だ!」

「花壇のなかにバリバリッとウンコをなさい。」

↑ こちらがうんこレターの文通相手、従姉妹のベーズレ

怒涛の「うんこ」連呼レター…一体、どのツラ下げてこんなクソまみれの手紙を書いていたのでしょうか。優雅な名曲の数々を世に生み出す一方で、うんこ好きな小学生男子ですらドン引きなお下劣レターをしたためていたというのだから驚きです。

もちろん、モーツァルトのほとばしるうんこ好きは身内にとどまらず、恋人に宛てた手紙もこんな調子です。

「そう、ぼくのあれは元気です。二週間後にはパリへ立つけど、きょうもひとクソたれておこう。もし、手紙をくれるつもりなら、ぼくが受け取れるように、早く書いてね。でないと、ひょっとしてぼくがもう立ったあとだと、受け取るのは手紙のかわりに一通のウンコ。ウンコだ!」

【順調に見えたキャリアだが…たまる鬱憤をう◯こで憂さ晴らし?!】

モーツァルトは若干16歳にしてザルツブルクの宮廷楽師長に就任、有給のプロフェッショナルな作曲家としてキャリアをスタートさせます。当時の彼は、ジョーク好き(主にうんこネタ)で陽気な人物として知られる一方、珍奇な行動が目立つ下品で生意気な小僧と評されることもあったようです。

若くしてゲーテやハイドンからもその才能を高く評価される一方で、ザルツブルクを治める大司教とはそりが合わず、勝手に旅に出ては宮廷楽師長として重要な行事をすっぽかすことも。(←子供か!) 

大司教がイヤすぎて自ら辞任を申し出るものの、そのたびに却下されなかなか辞めさせてもらえず、21歳でようやく辞職できるまで悶々とする日々を送っていました。英才教育者の父から離れ自立し、自由を得たものの、職場の上司との相性が最悪…そんな若きモーツァルトの行き場のないエネルギーと鬱憤が大好きなうんこネタにひた走る原動力となっていたのかもしれません。

【う◯こ好きが高じて、ついには下品な作曲までする始末】

ザルツブルクの宮廷楽師長として悶々とする日々を送っていた18歳の時に作曲したカノン形式の声楽曲「Leck mich im Arsch K.231」は若きモーツァルトのお下劣な作風が炸裂した作品となっています。日本語タイトルは「俺の尻をなめろ」。実に下品極まりない曲名です。

作曲の経緯を示す資料は残っていませんが、親しい友人たちとの集まりで、大勢で歌って盛り上がるために作られた悪ふざけソングではないか、と推測されています。

K.231は6声のカノンのため、この楽曲の発表の際には最低6人の男性が「俺の尻をなめろ」と合唱したと考えられます。なんという変態ソング…とはいえ、ドイツ語の原曲を直訳すると『俺の尻をなめろ』となりますが、実際には「Leck mich im Arsch」は1500年代以前からドイツで使われていた罵倒の決まり文句で、日本語の「消え失せろ」や「クソ食らえ」に相当する言い回しなので、歌の内容は想像するほどおぞましいものではないかもしれません、ご安心ください。

(※ 歌詞の掲載は自粛しますが、気になる人は是非ググってみてください)

↓ こちらは問題の「俺の尻をなめろ」。歌っている歌詞を知らなければ美しいカノンです。

 
19世紀、お下劣ぶりに慄いた伝記作者らがこぞってモーツァルトのうんこネタを封印、偉大な「楽聖」として美化させたこともあり、どことなく優雅で品行方正な天才のイメージを抱かれがちなモーツァルト。しかし実際の人物像は、残された手紙を実子に「父の恥」として破棄されるほど、下品で人間味溢れる人物だったようです。
 
音楽では神の領域に入った世界を表現したのに…後世に残る優れた名曲を数多く残した天才は実世界ではこんな人だったのか、と呆れると同時に偉大な音楽家モーツァルトが身近に思えてきますね。音楽の天才、でも本人はお下劣で変態…そんなモーツァルトの名曲を改めて聴いてみたくなりました。
 
プレビュー画像: ©️pinterest/biography.com