ちえとくをフォローする

びっくり

チンパンジーと愛し合う人妻を描いた異色作「マックス、モン・アムール」

世界が認めた日本の映画監督と言えば、誰を思い浮かべるでしょうか?

黒澤明?北野武?それとも、是枝裕和監督でしょうか。確かに、その誰もが世界からの脚光を浴びたことは間違いがありません。けれども、自ら積極的に海外へ進出して行き、世界からの評価をもぎ取った監督がいます。

…そう、大島渚監督です。

「青春残酷物語」「愛のコリーダ」「ご法度」など…

反体制的な、反骨精神溢れる作品群で知られる大島監督。海外からの評価も高く、監督としての円熟期に入ると積極的に海外に赴き、イギリスなどと共同で制作を行なった「戦場のメリークリスマス」を大ヒットに導くなど、国際的なプロジェクトを手掛ける手腕も評価されていました。

そんな世界の大島監督ですが、1985年に、映画の本場・フランスであるとんでもない映画を撮っていたこと、みなさんご存知ですか?

もし自分の妻がチンパンジーと不倫していたらどうしますか?

ハァ?と思うような質問ですが、実はそんな場面が映画の幕開けなのです。

映画のタイトルは、「マックス、モン・アムール」。

チンパンジーと愛し合う人妻を描いた、大島監督最大の問題作です。

 物語のあらすじはこうです。

パリ駐在のイギリス大使館員であるピーターは、美しい妻マーガレットと、小学生の息子と共に、何不自由ない生活を送っていました。

しかしピーターはマーガレットの様子がおかしいことに気づきます。浮気を疑ったピーターは、探偵を雇い、マーガレットが密かにアパートを借りているという事実を突き止めます。アパートに踏み込んだピーター、そこで目撃したのはなんと…チンパンジーとベッドを共にするマーガレットの姿でした。

ひどく困惑し、狼狽するピーター。マーガレットは、マックスと名付けたそのチンパンジーとは動物園で出会い、一目で恋に落ちたのだと主張します。

強い嫉妬心を覚えたピーターでしたが、自宅の一室に檻を設置し、マックスをそこに住まわせることを提案します。こうして、夫婦とマックスの奇妙な共同生活が始まります。

家にマックスが来てからというものは、マーガレットはマックスの檻のある部屋に入り浸ります。ピーターは妻とチンパンジーの間に肉体関係があるのか悩み、悶々としますが、マーガレットは「鍵穴から覗いてみれば?」と挑発的なことを言うばかり。

あくる日は自宅でホームパーティを開きますが、参加した友人たちにもマックスの存在が知られていまいます。マーガレットに熱烈な接吻をするマックスに、会場は気まずい雰囲気に。

そんな日々の中で徐々にピーターは思い詰めるようになり、マックスを射殺しようとします。しかし、マックスに銃を奪われ暴発したために、警察が出動するハメに。

そんなおり、マーガレットが母の入院介護のため家をあけることになりました。しかしマーガレットがいなくなったその日から、マックスは急に食物を食べなくなったのです。目に見えて憔悴していくマックス。マーガレットに会えないことが、マックスにとって何よりの苦しみだったのです。

ピーターはついに、大使館員としての身分をかなぐり捨て、憔悴したマックスを抱いて、マーガレットの母親が入院している病院へ向かいます。

再会したマーガレットとマックス。マックスはすっかり元気を取り戻し、パリに帰った夫婦は、マックスと共に新しい生活を始めるのでした。

聞いたこともないような奇想天外なストーリーの本作ですが、マーガレットを演じているのはイギリスを代表する女優であるシャーロット・ランプリングです。その他にも脇を固める俳優は実力派揃い。

また、製作は「乱」のセルジュ・シルベルマン、脚本は「ブリキの太鼓」のジャン=クロード・カリエールが手掛けるなど、スタッフも「アカデミー賞スタッフを集結」の謳い文句に恥じない絢爛さで、特にチンパンジー、マックスのSFXを手がけたリック・ベイカーはマイケル・ジャクソンの「スリラー」の特殊メイクを手掛けたレジェンドです。

このように、一流揃いで制作されたこの映画は、トンデモ映画と括れない謎の芸術性が漂います。

前作「戦場のメリークリスマス」が大ヒットしていた大島監督の新作とあって、大島監督がフランスで映画をクランクインしたと言うこと、そしてその映画がチンパンジーと愛し合う人妻の映画であると言うことは、かなりセンセーショナルに受け止められました。

「愛のコリーダ」では激しい性愛を描いていた大島監督だけに、本作ではさらに発展させ、種族を超えた性愛、人間のタブーを極限までえぐるのかと観客は期待しました。しかし実際蓋を開けてみれば、映画の中には性愛の描写はまるでなく、ただ悶々とする夫をエスプリの効いたコメディタッチで描いた小品と言う感じの出来栄えでした。

さらに観客を困惑させたのは、テーマの消失でした。一貫して「日本人とは何か」を映画を通して問い続けてきた大島監督。しかしこの映画には日本人の存在が全くと言っていいほどなく、だからと言って特にイギリス人やフランス人の民族性を問いかけるようなものでもありませんでした。

(日本人スタッフをほとんど使わなかったのは、前作「戦場のメリークリスマス」で日本人スタッフと外国人スタッフの折り合いが悪く、うんざりしたためだとも言われています。)

旧来の大島ファンはそのテーマの消失に辟易し、かと言って多くの海外のファンを取り込むまでには至らなかった本作。結局、評判はお世辞にも良いものとは言えず、そのセンセーショナルな題材から、現在ではカルト映画のように扱われています。

その後日本に帰国した大島監督は、「ご法度」という佳作を残し、長い闘病生活の末、80歳でこの世を去りました。

「マックス、モン・アムール」が傑作だったかどうかは誰にも分かりません。しかし、海外でも決して守りに入らずに、これだけ論争を呼びそうな映画を、堂々と発表した大島監督の度胸には恐れ入ります。人生を通して、闘いに挑み続けた監督だったのです。

「マックス、モン・アムール」はこちらのリンクからもご購入いただけますので、興味のある方はぜひ大島監督の異色作をご覧になってみてはいかがでしょうか。

プレビュー画像:  / © Twitter/villesnooze