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ミステリー

集団狂気の恐ろしさ 魔女として絞首刑にされ、生き延びたメアリー・ウェブスターの物語

中世ヨーロッパでは、魔女とされた被疑者を裁判にかけ制裁や刑罰を与える「魔女狩り」が広く行われました。一説によれば、数万人が魔女として残酷な方法で処刑されたとされています。

ヨーロッパでの魔女狩りはアメリカにも波及します。アメリカで最も有名な魔女狩りは、マサチューセッツ州にあるセイラムで起きた「セイラム魔女裁判」でしょう。1692年に100人以上の人々が告発を受け、魔女容疑で逮捕され、55人が拷問を受けて偽りの証言をし、最終的に20人が絞首刑で処刑されました。

信じられないかもしれませんが、当時、隣人が悪魔と取引していると告発することは珍しいことではありませんでした。さらに、セイラムで魔女と告発された人々は、自白したうえで共犯者について嘘の告白をしなければ、刑を免れることはできませんでした。自分の無実をいくら証明しようとしても無駄だったのです。

当時、魔女告発はセイラム以外でも広く行われていました。セイラムから140キロほど離れたところにハドリーという村があります。そこにメアリー・ブリス・ウェブスターという女性が住んでいました。メアリーと夫のウィリアムは子供ができず、郊外の小さな小屋に二人だけで住み、近所の人たちの施しに頼ることも多い貧しい暮らしをしていました。

当時、魔女として訴えられた人には、貧しい、教養がない、友人が少ないなどの特徴を持つ人が多かったと言われています。メアリーは、その全てに当てはまる女性でした。メアリーは年齢を重ねるにつれ、不機嫌で辛辣な性格になり、人を遠ざけるように暮らしていたのです。村人は彼女を蔑み、侮辱し、「年老いた魔女」と呼ぶようになります。若者たちは「遊び」と称して、メアリーにひどい悪戯を仕掛けます。そして、徐々に大人たちも日常の鬱憤や自分たちの生活苦に対する怒りをメアリーにぶつけるようになっていくのです。

当時のピューリタニズムでは、魔女を物理的に迫害すれば、魔女の邪悪な力を「邪魔」をすることができると考えられていました。たとえば、牛の群れがメアリーの家の前で進まなくなると、牛飼いたちは牛たちが歩き出すまでメアリーを殴り続けたのです。

やがてメアリーは正式に魔女の容疑をかけられ、逮捕、投獄されました。1683年6月、彼女はボストンの裁判所に連行され、裁判を受けます。しかし、彼女の超自然的な犯罪を示す「証拠」は見つからず、メアリーには無罪判決が下されました。

しかし、この無罪判決を受けても、ハドリーの村人によるメアリーへの嫌がらせは止むことはありませんでした。メアリーは、その後、うまくいかないことすべてのスケープゴートとして、さまざまな迫害を受けたのでした。

ちょうど、その頃、ハドリーで裁判官と助祭を務めていた有力者フィリップ・スミスが病に倒れます。1684年1月に熱性発作に見舞われたスミスは、錯乱状態に陥り、神に苦しみから解放してくれるよう懇願します。しかし、病はいっこうによくならず、彼は自分の病気をメアリー・ウェブスターのせいだと考えるようになるのです。

彼の病室ではいつも不可解なことが起きていたと言われています。薬の入った瓶が突然空になったり、ベッドの下で奇妙な引っ掻き音が聞こえたり・・・。現代なら、フィリップが何に苦しんでいるのかを知り、助けることは可能だったかもしれません。しかし、フィリップはこうした出来事もすべて老婆メアリーのせいだという妄想に取り憑かれてしまったのです。

村人たちは、メアリー・ウェブスターを拷問することで病人を「助け」ようとします。メアリーは小屋から引きずり出され、首に縄をかけられ、木に引き上げられます。私刑(リンチ)による絞首刑です。村人たちは悶え苦しむメアリーを眺め、やがて動かなくなった彼女を凍った地面に下ろし、最後に雪の山の下に埋めたのです。

反撃できない人間に自分たちの残虐性をぶつけた村人たち。身の毛もよだつような恐ろしい事件ですが、小さく閉じた集団のなかでは常に多数派が正義でした。彼らは有力者の病を直すため「善意」でこの事件を起こしたのです。しかし、いずれにしても、この拷問は無駄に終わります。フィリップ・スミスは不可解な病でそのまま帰らぬ人となりました。。

さらに信じられないことに、メアリー・ウェブスターはこの拷問を生き延びたのです。彼女はフィリップ・スミスよりも11年も長生きし、「半絞首刑のメアリー・ウェブスター」として歴史に名を残しました。しかし、彼女は、生涯「魔女」として蔑まれ、村人たちに迫害される存在であり続けました。

カナダのベストセラー作家マーガレット・アトウッドは、メアリーの遠い親戚にあたります。彼女は世界的に有名なディストピア小説 『侍女の物語』をメアリー・ウェブスターに捧げています。

恐怖と迷信に駆られた集団心理の犠牲になったメアリーをはじめとする多くの無実の女性たち。集団狂気の恐ろしさ、そして、誰も介入しなければ、常に強者が弱者を攻撃するという人間の本質を、私たちはもっと真摯に歴史から学ぶべきなのかもしれません。

 

プレビュー画像: ©Facebook/History in Five