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スポーツ

ラグビー日本代表の主将リーチ・マイケルはなぜ日本でプレーしようと思ったか?その理由を聞いて日本人であることを誇りに思った

ラグビーワールドカップ、日本代表が、悲願だったベスト8入りを決めました。これは歴史上初の快挙で、イギリスの新聞も「日本ほどこの大会を盛り上げたチームはいない」と手放しに絶賛しています。

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その日本代表チームの中でも、特に強い存在感を発揮しているのが何と言っても主将のリーチ・マイケルでしょう。ニュージーランド出身、190センチ・105キロの体格をフルに活かした激しいタックルを持ち味とするプレーヤーです。

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しかしみなさん、不思議に思いませんか?そもそもマイケルの母国ニュージーランドの方が、ラグビーのレベルは上。これだけの逸材が、なぜラグビー強豪国(いわゆるティア1)ではなく、ラグビーがまだ少しマイナーだった日本の代表チームのキャプテンになったのでしょうか?実はその裏には、涙なしでは語れないエピソードがあったのです。

5歳でラグビーを始めたマイケル、15歳で交換留学生として初めて日本にやってきました。そのとき通った北海道・札幌山の手高校で、日本の選手のラグビーの巧みさ、懸命にできるまでひたすらに練習する、妥協を見せない姿に感動を覚えたと言います。マイケルは、日本に馴染みたい一心で、部屋の天井にひらがな表をはって日本語の習得に励んだと言います。

そしてある決定的な出来事がマイケルの運命を変えたのです。それは高校2年生の時でした。ニュージーランドのマイケルの実家が火事になってしまったのです。ショックを受けるマイケル…しかしその時、高校のラグビー部の監督が中心となって保護者やOB、学校関係者、チームメイトに募金を呼びかけ、約70万円もお金を集めてくれたのです。監督は、そのお金を黙ってマイケルの家族に差し出したと言います。

その時マイケルは心にこう誓ったのです…
「俺は将来、絶対にこの国のためにプレーする」

スコットランドを破り決勝進出を決めた日本代表、キャプテンであるマイケルは英語でインタビューを受けました。しかし勝利の喜びを口にするよりも前に、真っ先に口に出したのは台風19号で被災した方を気遣う言葉でした…それも日本語で!謙虚に、他者を思いやる姿は、日本人よりも日本人らしいと大きな話題を呼んだことはみなさんご存知の通りです。

いかがでしたか?マイケルは今では、日本人の妻がおり、日本国籍を取得…さらには漢字検定の資格も保持しているそうです。好きな言葉は「武士道」「覚悟」…日本に恩返しがしたいという一心で日本へやって来て、日本のラグビーのレベルをぐっと引き上げてくれたマイケルこそ、ブレイブ・ブロッサムズと呼ぶに相応しい人物でしょう。ますます応援したくなりますね!