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すごい人たち

北朝鮮の怪獣映画「プルガサリ」

突然ですが、みなさんは怪獣は好きですか?日本の子供の多くが、「ゴジラ」や「ウルトラマン」などを観て、怪獣に親しんで育つのではないでしょうか。

実はこの「怪獣映画」と言うジャンルは日本独自のもの。1954年に東宝が生み出した「ゴジラ」は、世界に衝撃を与えました。それまでにもハリウッドで巨大なモンスターが街を襲うパニック映画のジャンルは存在していましたが、モンスターは1コマ1コマ手作業でパペットを動かすストップモーションの手法が一般的でした。しかし「ゴジラ」はどうでしょう。着ぐるみを着た役者が、ミニチュアで再現された街の中を実際に暴れ回ると言う画期的な方法で撮影されたのです。それによって生み出される重量感、リアル感は、ハリウッドの業界関係者でさえも驚かせるほどでした。

それ以降、すっかり日本のお家芸として定着した感じのある怪獣映画。現在もハリウッドでたびたびリメイクされるなど、国境を超えて愛されていますよね。

しかし…そんな怪獣映画を愛したのは、何も日本とハリウッドの人々だけではなかったのです!

それは1985年のこと。ゴジラ映画に関わっていたスタッフたちが、ある国へと招致を受けることから、物語はスタートします。ついに米国に呼ばれ、映画の聖地ハリウッドで映画を作るチャンスに恵まれたのでしょうか?…いいえ、違います。

呼ばれた国は、なんと北朝鮮だったのです!

まだ最高権力者になる前の金正日は、実はかなりの映画マニア。日本の怪獣映画も大好きで、「北朝鮮でもゴジラみたいな作品が作りたい!」と願ったのでしょう。

金正日が自らスポンサー兼プロデュースに乗り出して企画されたこの怪獣映画…それには、日本人スタッフの協力が不可欠と感じたのは間違いありません。

こうして日本の特撮スタッフと、そしてゴジラのスーツアクターである薩摩剣八郎さんまで北朝鮮に招いて、映画の制作は開始されたのです。しかしそこに呼ばれたスタッフは、あまりのことに愕然としたに違いありません。

将軍家が関わっている映画ということもあって、なんと予算は使い放題。合戦シーンにはなんと1万人ものエキストラが動員されるなど、もはや国家規模の一大プロジェクトのようになっていたのです。

こうして完成したのが、北朝鮮映画「プルガサリ」でした。

物語はこうです。

時代は高麗朝末期。民衆は朝廷の圧政に苦しんでいました。役人たちは、農民たちの反乱を抑えるべく農民たちの農具や鍋を回収し、鍛冶屋に武器を作らせようとします。しかし民衆の味方である鍛冶屋は、それを拒否。怒った役人は鍛冶屋を投獄します。鍛冶屋は、差し入れられたご飯をこねて、プルガサリの人形を作り、そして獄中で息絶えます。

その人形は鍛冶屋の娘のアミに引き取られますが、ある日、針仕事の最中に指を怪我したアミがその人形に誤って血を垂らしてしまうと…プルガサリには命が宿り、鉄を餌にして成長していく怪獣となったのです。

民衆はこの怪獣を味方につけて、朝廷を倒すべく、立ち上がるのでした。しかし…

プルガサリは「不可殺」の朝鮮語で、つまりは「不死身」というような意味。朝鮮民話の中に登場する空想上の生き物をモチーフにしています。しかし造形を見れば分かるとおり、そこには日本の怪獣を彷彿させるタッチが見て取れます。

多くの人の期待を受けて、ついに完成した映画「プルガサリ」でしたが、しかしここで大きなトラブルに見舞われることとなります。

そもそもこの映画を監督していたのは韓国出身の映画監督のシン・サンオク氏だったのですが、彼は元々北朝鮮に拉致され、映画制作に従事させられていた身だったのです。(自主的に北朝鮮に亡命した、という説もあり)

そのシン・サンオク氏は、妻で同じく韓国から拉致されていた女優のチェ・ウニと、プルガサリの撮影が終わった翌年に決死の脱出を図り、アメリカに亡命してしまいました。結果として、この映画はそういった政治的な理由で公開を阻まれ、以後、長い間誰の目に触れることもなかったのです。

しかし長い時が流れ、日本では1998年に正式にVHSでの販売が開始。ようやく日の目を見ることとなったこの映画でしたが、なんと関わった多くの日本人たちが、映画にクレジットされることはなかったのです。

出来上がった作品は、素朴な雰囲気と、日本の繊細な職人芸が見てとれ、また、「鍛冶屋の娘だけが怪獣と心を通わせることができる」と言う設定なども、意外と日本人が見ても、通じるところのある作品だったりもします。

ゴジラのスーツアクターの薩摩剣八郎さんは、この摩訶不思議な映画の制作体験を、「ゴジラが見た北朝鮮―金正日映画に主演した怪獣役者の世にも不思議な体験記」というタイトルの著作として書き記していますので、興味のある方はぜひお読みになってみてはいかがでしょうか。

映画本編は以下よりご覧いただけます。

プレビュー画像: ©YouTube/BMan78