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えらい

左胸に銃弾を受け崩れ落ちた若い日本兵。しかし思わぬ持ち物が それから70年の運命を変えることになる。

7 5年前の8月6日広島に、8月9日長崎に原子爆弾が投下されました。街は一瞬にして地獄絵図に変わり、その年末までに広島で14万人、長崎で7万人以上が亡くなったといわれています。長崎の原爆投下から5日後の8月14日、日本政府はポツダム宣言を受諾。翌15日に昭和天皇自らラジオを通して国民に終戦を告げた「玉音放送」により、日本は終戦を迎えました。

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終戦から今日で75年。戦争体験者の高齢化に進み、戦争を知らない世代が大半を占める現在、戦争の記憶は風化しつつあります。戦争の記憶が薄れる中、心に響くあるTwitter投稿を紹介します。

mugi(@mugi80190880)さんが2019年8月5日に投稿した祖父の遺品であるタバコケースの画像。日章旗が彫り込まれた鉄製のタバコケースの右隅にはいびつな形の穴が空いています。

 

1944年から終戦にかけて、フィリピンやサイパンなど東南アジアの島々で激しい戦闘が繰り広げられました。

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mugiさんによると、終戦間近、若き陸軍兵だったmugiさんのおじいさんは最前線で戦っていたそうです。銃撃戦の最中、胸に衝撃を受けたおじいさん。敵の放った銃弾が左胸に命中したのです。「ああ、死んだな」そのまま地面に倒れ込んでしまいます。しかし、打たれたはずの自分が生きていることに気がつきます。

打たれた左胸を確認したところ、胸ポケットに入っていた鉄製のタバコケースに銃弾が刺さっていたのです。斜めに被弾し、ケースの片側は貫通していたものの、もう片側で銃弾は止まっていました。おじいさんが何気なく胸ポケットに入れたであろうタバコケースが防弾の役割を果たしていたのです。もし正面から銃撃を受けていたら、銃弾はおじいさんの左胸に到達していたことでしょう。

 

戦後、復員したおじいさんは結婚し、翌年mugiさんのお父さんが誕生します。そして孫であるmugiさんには現在息子さんがいます。偶然にもおじいさんの命を救ったタバコケース。わずか1ミリの鉄板によって、おじいさんから息子、孫、そしてひ孫へと命をつなぐことができたのです。

この投稿は大きな反響を呼び、同様の家族の戦争体験を物語る数多くのコメントが寄せられました。

 

戦争体験者が徐々に少なくなり、戦争の記憶が薄れつつある現在、いかにして戦争の悲惨さを次世代に伝えるかが大きな課題となっています。おそらく私たち世代が戦争経験者から直接生の声を聞ける最後の世代でしょう。

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現在、そして未来を生きる人々が「ごく普通のささいな日常生活」を送ることができるよう、2度と先の大戦のような悲劇が繰り返されないよう願わずにいられません。

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このタバコケースのように、死と隣り合わせにある生々しい戦争の事実を雄弁に物語る当時の品々は貴重な「歴史の証人」の一つでもあるのです。

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プレビュー画像: ©️twitter.com/mugi〜壜の中の鳥〜, ©️pinterest/VintagePhotos