【火垂るの墓】を見たアメリカの辛口批評家 しかし彼が発した言葉を聞いて耳を疑った

「昭和20年9月21日夜、僕は死んだ」

そんな台詞から始まるアニメーション映画「火垂るの墓」は、戦争の残酷さを描いた不朽の名作として多くの人々に記憶されています。と同時に、二回は絶対に見たくないトラウマ映画としてもよく知られており、その悲劇は生々しいリアリティをもって私たちの胸深くまで突き刺さります。

しばしば宮崎駿監督と比較される、今は亡き名匠・高畑勲監督が手掛けたことでも有名です。

日本人の心に深く刻まれているこの映画ですが、海外の人の目にはどのように映っているのか、気になりませんか?

あるアメリカ人がこの映画についてコメントした動画が話題になっています。

その人物の名は、ロジャー・イーバートアメリカでもっとも影響力のあった映画評論家です。(2013年に亡くなっています。)映画評論の分野で初めてピューリツァー賞を受賞したことでも知られており、自身の持つテレビ番組でロジャーが「サムズ・アップ」するか「サムズ・ダウン」(親指を上げるか下げるか)するかで映画の興行成績が大きく左右されると言われたほど、多くのアメリカ人から注目されていた批評家でした。

同時に、大ヒット映画も容赦無くこき下ろすなど、辛口評論をすることでも知られていました。

そんなロジャーの目には、高畑監督の代表作はどのように映ったのでしょう?

実際にその動画をご覧ください!

 
番組の冒頭、ロジャーはこんな言葉で評論をスタートさせます。
 
「数多くの戦争映画を観てきたが、『火垂るの墓』を最初に観たときは、涙を禁じ得ないほどの感動を覚えた
 
冒頭から手放しの大絶賛。辛口で知られるロジャーがこんなことを言うなんて、本当に深く心揺さぶられたのでしょう。しかし文化のまったく異なるアメリカ人は、この映画のどのような部分に深い感動を覚えたのでしょう?
 
まずロジャーは、映画について気づいた点として、「火垂るの墓」において敵(この場合はアメリカという国家)のアイデンティティはさほど重要ではなく、むしろこの映画が描こうとしているのはあくまでも戦争がどれほど人のモラルを破壊してしまうかということであり、そのために死にゆく幼い兄妹というきわめてミクロ的な題材を取っているのではないだろうかと推測した上で、評論を進めていきます。
 
(確かに、「火垂るの墓」において、アメリカ兵などの存在は希薄、と言うよりまったくと言っていいほど登場しません)
 
ロジャーは、日本のアニメーションの持つ特有なスタイルについて言及していきます。
 
「アメリカの観客は、巨大な目だとか、極度にデフォルメされた日本のアニメのキャラクターに違和感を感じるかもしれない。しかし、それはスタイルだ。たとえば大きな目は、キャラクターたちの感情をより豊かにしていると言えるだろう。
 
さらにアメリカのアニメと違い、日本のアニメによく見られるのが…例えばトトロでもそうだが、まるで水彩画のような背景だ。実際に水彩で描かれているようだが…とてもソフトな魅力がある。アウトラインがしっかりと描かれ、ポップなアメリカのアニメと違い、日本のアニメには情緒のようなものがある」

YouTube/Out There Pictures

 
今でこそ市民権を得た感じのある日本のアニメのスタイルですが、輸出され始めた当初は、現実とはあまりにもかけ離れた容貌のキャラクターたちに拒絶反応を示す人も多く、食わず嫌いしているオーディエンスも多かったと言います。ロジャーが言っているのは、そのようにスタイルが原因で観る前から偏見を持つべきではないということでしょう。そこからは、ロジャーがこの作品を本当に高く評価し、アメリカの(特にアニメファンだけではなく)一般のオーディエンスにもこの映画をぜひ観てほしいという気持ちがうかがえます。
 
ロジャーは、さらに深く日本の伝統文化にまで言及していきます。
 
「和歌には、枕詞という面白い概念がある。詩における、ある一定の間をもたせるテクニックだが、たとえば小津安二郎のような日本の歴史上最高峰の監督などは、枕詞ならぬ枕ショットというものを使っているように見える。つまり本筋全体からはあまり関係ないように見える、何も起こらないショットをあえて挿入することによって、(まるで枕詞のように)オーディエンスに息をつく間を与え、作品を豊かにしているのだ。『火垂るの墓』でも同じような手法が見て取れる。素晴らしい緩急のつけ方だ。たとえば主人公たちがていねいにタオルで汗を拭ったり、衣服を正したり、ただ行ったり来たりしているような…そんな本筋とはあまり関係がない、他愛のない瞬間の積み重ねが、キャラクターたちに命を吹き込み、この映画をより情緒深いものにしている」
 
最後にロジャーは、このような言葉で評論を締め括りました。
 
アメリカのアニメの方が技術的に進んでいるという声もある。確かにアメリカのアニメの方が滑らかに動くし、本当に現実に即した動きをするのかもしれない。しかし、ストーリーがうまく機能し、キャラクターに共感でき、そしてあなたが映画を観る目がある限り、そのような技術的なディテールは実はあまり重要ではない。アートは、キャラクターの動きの滑らかさなどではなく、オーディエンスにどのように感じさせるかで決まるのだ」
 
いかがでしたか?そもそもこの映画はアメリカとの戦時中を描いた作品であるだけに、アメリカ人のロジャーとしては決して見ることの心地よい映画ではなかったはず。にもかかわらず、高畑監督の演出に最大の賛辞を送り、アニメに偏見を持つアメリカのオーディエンスに価値を正しく伝えようとしたロジャーの批評家としての態度は尊敬に値します。
 
またこのように、日本人の間だけで共有されているかのように思われていた「わびさび」「情緒」のような感覚は、海外の人たちからも「興味深い」ものとして映るということがよく伝わってくる評論だったのではないでしょうか。
 
このコメンタリーは、「火垂るの墓」のDVDにも日本語字幕付きで収録されていますので、興味のある方はぜひご覧になってみてはいかがでしょうか。
 
プレビュー画像: / © YouTube/ Out There Pictures
出典

プレビュー画像: / © YouTube/ Out There Pictures

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