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えらい

「女の子ができたら絶対って決めてた」とまで言われる雛人形。その姿を目にした時、あまりの姿に衝撃を受ける

日本に1000年以上続く伝統的な節句文化の一つである「ひな祭り」。今回ご紹介するのは、誰もがイメージするおひなさまとはちょっと違う「ゴスロリ雛人形」を生み出し、後に稀代の人形工芸士と呼ばれた一人の女性の物語です。彼女の名は後藤由香子さん。岐阜県岐阜市で人形家を営む家庭に生まれました。

バブル崩壊後の不況に、少子化という節句文化にとって逆風が吹いていた90年代後半、由香子さんは人形家の跡取りとなります。5段、7段とスケールが重視され、主役のお姫様が目立たない雛人形に対し「本当にそれでいいの?」と疑問を持ち始めたそうです。

「ひな祭りとは本来は生まれた女の子の幸せを願うイベント」であり、雛人形のお姫様はその女の子の将来像そのもの。そう考えた彼女が目指す雛人形を作るには自分自身が職人になるしかないと決め、人形を作ることを決意します。

そんな彼女が作った雛人形は今までの常識を超える斬新なものでした。そして彼女の人形と由香子さん自身に対し、業界の人々は賛否両論。作家になってから初めて2003年に発表した「夜明けのシンフォニー」という作品では、当初人形作りに携わるほとんどの工房から「こんなもん作れん」と断られたそうです。

「夜明けの光は小さいけれど、次第に大きな輝きとなる。ふたりが奏でるメロディが、やがては大きなシンフォニーとなる。そんなふうに、生まれてきたお嬢様の成長を願うメッセージが込められた雛人形でした」

そんな彼女の願いが込められたにも関わらず、その思いは伝わることなく従来の雛人形スタイルにとらわれた周囲の職人たちから由香子さんは「無理難題娘」とあだ名をつけられるほどになってしまったのです。

しかし、それでも由香子さんは屈しませんでした。大学時代にカラーセラピストを目指していたという彼女は色に対する知見が豊かで、雛人形たちにもこれまでにない色彩の着物を着せたいと細部までこだわりを見せていました。

特に「袖のふちを黒くしたい」という希望には「黒だなんて縁起が悪すぎる!」と激怒され、設計図を突き返されたことも。

それでも、選ぶ色ひとつとってもイメージが変わるからと、妥協を許さないほど色彩にこだわり、彼女にしか表現できない優美さを実現させていったのです。

愛と情熱を傾け、雛人形文化を衰退させたくないという信念を貫いた彼女が認められらのは、作家として活動を始めて5年が経った2008年のこと。

岐阜市とイタリア・フィレンツェ市の友好30周年を記念して発表された「織部」という作品が、同市の世界遺産「ヴェッキオ宮殿」に展示されたのです。

フィレンツェはイタリアのルネッサンス芸術が花ひらいた古都。岐阜は自由と個性を尊重し「茶道」の新しい時代を築いた茶人、古田織部が生まれた地。由香子さんの「織部」はその古田織部の思想をテーマにした作品でした。彼女は作品を通し、伝統と自由が見事に融合されることを表現してみせたのです。

 
 
 
 
 
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こうして少しずつ人々の理解を得ていった由香子さんは、一人の女性としてまた人形作家として、ある転機を迎えました。

大学を卒業してアナウンサーとして働いていた時に職場結婚をした彼女は、子供を授かることができませんでした。そんな経験から、一人の女性として我が子のように100%の愛情を注いだ雛人形を作ってみたい、一方で作家としていつまで新作を作り続けられるか、という2つの思いを抱くようになっていました。

しかし夫から「自分の好きにやってみたら」というアドバイスを受けた彼女はその言葉通り、思う存分自身の世界を表現することを決意します。

こうして生まれたのが「Gothic」でした。

Twitter@megto3104

暗黒・神秘主義・死への憧れといった「ゴシック精神」と、まるでお姫様かお人形のような「少女的なロリータファッション」が融合して生まれた日本独特のストリートファッション、ゴスロリ。愛らしさの中に表現される荘厳な美しさや静謐(せいひつ)で神秘的な美しさは、見るものを魅了します。

由香子さんは、そんな日本独自のゴスロリと雛人形を融合させた今までにない全く新しい作品を発表したのです。

「売れないかもしれない。でも思いのたけをすべて注いで、全力で雛人形を作りたい」

この思いが詰まりに詰まった作品には細部まで細かいこだわりが見られます。黒地でありながらも温かみが出るよう、人形の髪を茶色にしたり金色の糸を使ったりと、まさに由香子さんの人形作り20年の集大成となりました。

きっと由香子さんの熱意と情熱は多くを語らなくても、多くの人の心に響いたことでしょう。それを証明するかのようにこのGothicはSNS上で瞬く間に拡散され注目されたのです。

このGothicの誕生をきっかけに短期間で多くの作品を生み出した由香子さん。

 
 
 
 
 
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しかし2017年に卵巣がんのため、告知から2ヶ月であっという間に49歳の若さで急逝してしまったのです。作りたいものを作ると決めてから2年、Gothic発表から1年でした。

本来の節句の意味を持たせながらも、自身の世界観を追求し、それを見事に伝統と融合させた由香子さんの作品は、今や「女の子ができたら絶対に」と言われるほど人気に。

Gothicシリーズに限らず、彼女の生み出した作品は、その鮮やかで華やかな色彩、そして愛情たっぷりの優しい世界に包まれています。

逆境に負けず、信念を持ち続けた彼女の、まさに人生が込められた作品。そして由香子さんが生涯ほどこした約300種類の雛人形は平安時代から1,000年以上続く工芸界に革命を起こしたと言っても過言ではありません。

「ひな祭り」その意味と真摯に向き合い、そして伝統を未来に繋ぐことに情熱をも燃やした一人の素晴らしい工芸士となった由香子さん。彼女の思いは今日も夫である後藤道昭さんと後藤人形によってで引き継がれています。

由香子さんのような伝統文化を次世代に繋ぐべく、現代社会との融合を目指し努力する人々の存在を知ること、それが私たち日本人が古くから大切にしてきた素晴らしい文化を後世に伝える小さな一歩となることでしょう。

後藤由香子さんの思いが、この先も引き継いでいかれますように。

プレビュー画像:©️Twitter@megto3104