暴力的傾向をもつ精神病質の双子の風変わりな話

双子のジューン・ギボンズとジェニファー・ギボンズはイギリスのウェールズ地方で1963年に生まれました。 生まれた当初から、二人の関係は不思議なものでした。

双子が育った小さな村で、家族は唯一の黒人一家でした。二人は幼い頃から画工で他の子供たちに除け者にされ、からかわれ、いじめられるようになります。そのため二人には友達が全くできず、二人だけの世界に閉じこもっていきました。

ジューンとジェニファーは、二人の間だけで通用する独自の言語、いわゆる双子語で会話することができました。両親はそれを心配し、二人を離れ離れの全寮制の寄宿学校に入れます。しかし卒業後に再び時間を過すようになった双子は、以前にも増して一緒になると以前にも増して絆を深めていったのです。

やがて成長するにつれ、双子は心のバランスを失っていき、暴力的な話を書くようになったり、男と酒、シンナーに溺れ、次第に放火など犯罪に手を染めるようになります。

ジューンは日記に「友達もいなく、やることもない。暇な時間を潰すこともできない。」と書いていました。

双子はその後、放火により現行犯逮捕され、反社会的または暴力的傾向をもつ精神病質者であると診断された後、ブロードムーア精神病院というイギリスでは有名な極悪な事件を起こした人物などが長期入院している病院に収監されます。二人はほとんどの時間を別々の部屋で意志の疎通が出来ない環境で生活していましたが、看護婦によると二人ともそれぞれの部屋で同じように変な位置で座っていることが多くあったそうです。また日によってはジューンが過食し、ジェニファーは全く食べないこともありました。

ふたりはお互いなしではいられないほど激しい愛情感情があったものの、同時にこれ以上ないほど憎みあい、激しい葛藤が起こることもありました。精神病院に入院する前にはお互いを殺そうとしたことを認め、ジューンは電話線でジェニファーの首を絞めようとし、ジェニファーはジューンを川で溺れさせようとしたというのです。入院してからは二人は自殺未遂も起こしました。二人のうちのどちらかが死ぬことによって、もう一人が本当の意味で生きることができるとの考えからの行動でした。

双子についての本を著したジャーナリストのマージョリー・ワラスは、ジェニファーが「マジョリー、マジョリー、私は死なないといけないの」と彼女に言ったそうです。そしてなぜかとの質問に、「私たちはそう決めたの」と答えていたそうです。

30歳になった双子はその後、ブロードムーアから家族に近いウエールズの施設に移されることになります。しかし、施設に到着するとジェニファーは気を失っており、入院先の病院で急性心筋炎のため亡くなりました。その後の検死によると、毒や凶行は見られず、結局は自然死と判断されています。

移送の前日と当日はジェニファーは気分がすぐれず、「ろれつが回らなかった」そうです。ジェーンはジェニファーの死について、さらにこう話しています。

「彼女は疲れていて瀕死の状態だと言いました。彼女は私の膝に頭を乗せて目を開けたまま眠っていました」

ジェニファーの死後ジューンは「不思議な心境」にあったものの、特に喪に服すことはありませんでした。日記には、「私は自由の身になった。やっとジェニファーが私のために命を諦めた」と記していたそうです。ジューンはその後、ジェニファーの墓碑のために詩を書いています。

「私たちは二人だった。二人で一人だった。私たちはもう二人ではない。人生を通して一人になった。安らかに眠らんことを」

ジェニファーがなぜ急性心筋炎を起こしたのかはわかっていません。現在のジューンは社会に出ており、自立して静かに暮らしているといいます。もし二人が幼い時から社会に拒絶されずに受け入れられていたら、双子の人生は大きく変わっていたかもしれません。イギリスでこの双子は恐れられると同時に、不憫に思われているそうです。

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