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ミステリー

村人たちは”狼男”を農場で狩った 今も残る人狼伝説「ベットブルクの狼男」

※この記事には、犯罪に関するショッキングな状況説明が含まれます。ご留意ください。

人間は、不安や恐怖が募ると、「スケープゴート」を生み出す傾向があります。

たとえば、14世紀に黒死病(ペスト)が広がると、多くの死者を出した謎の疫病が魔女と結びつけられ、その後、ヨーロッパでは残虐非道な「魔女狩り」の嵐が吹き荒れることになります。

魔女狩り全盛の16世紀、ドイツのケルン近郊のベットブルグという街で、ペーター・シュトゥンプという農夫が処刑されました。彼は、怪物でなければありえないほどの残虐行為を繰り返した「人狼」(狼男)として処刑されました。彼は本当に狼男だったのでしょうか?

この事件が起こった当時、ケルン周辺は宗教戦争(ケルン戦争)で荒廃していました。対立する聖職者たちに雇用された傭兵部隊は、強盗、殺人、略奪、強姦を繰り返していましたが、それを止めることは誰にもできない状況でした。ベットブルク周辺でも、鬱蒼と暗い森や畑で、多くの女性や子どもが襲われ、残酷に殺害されていました。その後、戦争が終わっても、解雇された傭兵たち、そして村を破壊され行き場を失った農民たちが、ギャング集団と化し、手がつけられない状況は続きます。

民衆の間では聖職者への反感が増大し、人々の不安や恐怖が高まっていました。世の中への恐怖や反感を、たった一人の誰かのせいにするのは確かに簡単なことでした。こうしてスケープゴートにされたのは、社会的に信用されていない人物、農夫のペーター・シュトゥンプでした。

ペーターは1525年に生まれ、ベットブルグの森の端に農場を持っていました。彼は裕福でしたが、性格が悪く、悪い噂は絶えなかったようです。彼は魔法使いで、黒魔術を行っているとまことしやかに噂されていました。

彼の妻が亡くなると、カタリーナという若い親戚の女性が農場に引っ越してきて、そこを手伝っていました。すると、ペーターはカタリーナと近親相姦のような関係で暮らしているという噂がすぐに広まります。娘シビラが妊娠したときも、ペーターに疑いがかかり、ペーターの息子が突然姿を消したときには、父親が殺して食べたのだと言われました。

森のなかでは長年にわたって暴行や殺人が繰り返し起こっており、不審な人物や獣を目撃したという報告も多くありました。ある者は、それが神話上の獣、つまり人狼ではないかと考え始めます。

1589年に再び”獣”が目撃されると、男たちは犬を連れて集まり、森でその姿を追いかけます。そして”人狼”の周りを取り囲み、片足を切り落とすことに成功します。ここで男たちは、ペーターの農場のすぐ近くまでやってきたことに気がつきます。彼らがペーターを家から引っ張り出すと、なんとペーターの片腕がなくなっていたのです。

この森での狼狩りとペーターの片腕の話は、すべての罪をペーターに負わせようとした暴徒たちのでっち上げだったと今では考えられています。さらに、それを身に付けると狼に変身できる「魔法の狼皮のベルト」がペーターの家で見つかったのも、今となっては取るに足らない偶然か、でっち上げの証拠のように思えます。

しかし、16世紀の裁判所では、こうした全てがペーターにとって不利な証拠として信用されました。ベットブルグ城で残忍な拷問に拷問を重ねた結果、ついにペーターは告発されたすべての犯罪を自白します。16人の殺人、無数のレイプ、カタリーナとシビラとの近親相姦、おびただしい数の家畜の殺害、魔術、悪魔との取引…。彼は、狼の皮のベルトの力を借りて狼に変身し、不自然なほど強く速く動けるとさえも自白したのです。

この裁判の直後、「人狼ペーターの事件」は挿絵付きのビラとして出版され、人々の記憶に長くとどまることになりました。

1589年10月28日に彼は有罪となり、熱せられた鉄で焼かれ、肉をひきちぎられ、首をはねられ、火あぶりにされました。また、カタリーナとシビラも共犯として火あぶりにされたそうです。

現在でも、ベットブルグ周辺では、人狼のことを「シュトゥンプ」と呼んでいます。今ではすっかり明るくなったベットブルグの森の中には、「人狼の道」と呼ばれる道があり、ペーター・シュトゥンプの生と死を偲ぶことができます。ハロウィンには、人狼伝説のガイド付きのナイトハイクに参加することもできるそうです。

今も残るペーター・シュトゥンプの伝説、人間の不条理さと狂気について考えさせられます。改めて現代を思えば、厄災の恐怖や社会不安が高まるなか、社会のあちこちで特定の人々が非難の対象となっている気がします。こんなときだからこそ、自分がスケープゴート作りに加担していないかを冷静に考えてみる必要があるのかもしれません。

 

プレビュー画像: ©Facebook/The Wyrd