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アンビリーバボー

どこまでも懲りない女|稀代の詐欺師アンナ・デルヴィー

2019年4月、自らをドイツの令嬢と偽り、ニューヨークの大金持ちや銀行から巨額の金銭を騙し取った詐欺師、アンナ・デルビーことアンナ・ソロキンは裁判所に出廷。しかし、その姿はその場にいる人々を騒然とさせるものでした。

ブランドのミニドレスにトレンドの大きな黒縁メガネ。アンナは裁判の度に、おしゃれな服を身にまとい、清廉な女子を装って人々の前に現れたのです。

2017年10月の逮捕後に罪状認否で出廷した際、ボサボサの髪に疲れ切ったやつれ顔という「化けの皮が剥がれた姿」を晒してしまったアンナ。「上流階級出身のお嬢様を装うには程遠い」など言われのがよっぽど屈辱だったのでしょうか。

それから一転し、裁判では「アンナ・デルヴィー」であることをアピールしまくるかのような姿を見せつける…、この後に及んでなぜこんなに着飾る必要があったのでしょうか。

ほぼ無一文から嘘に嘘を重ね、人々が羨む社交会のリッチガールという華やかな地位に上り詰めた、ソーホーのペテン師アンナ・デルヴィーについてご紹介します。

実家はロシアの労働階級家庭

1991年生まれのアンナの出身地はロシア。トラックドライバーをする父と専業主婦の母の元で一人娘として育てられました。やがて一家は、アンナが16歳の時にドイツ・ケルン近郊の街に移住します。2011年に日本の高校にあたるドイツのギムナジウムを卒業後、ロンドンの美術学校へ進学しますが、なんと通わずにドイツに舞い戻るという始末。その後ベルリンのファッションPR会社にインターンとして勤務したのち、2013年にはパリのファッションカルチャー誌「パープル」でインターンとして働き始めます。

この頃からアンナは、社交会に出入りする人々とコネを作るため自身をドイツ出身の令嬢「アンナ・デルヴィー」と名乗るように。富裕層が集まるおしゃれなパーティに登場するお金持ちの女の子というイメージを作り上げることに成功します。

その後アンナはNYへ移り、そこから徐々にNYの富裕層を巻き込む詐欺を働くようになっていくのです。

金持ちの振る舞いを完コピ、NYのリッチガールに成り上がる

こうしてNYに渡ったアンナは、資産家の娘である自分には6000万ドル(日本円で約70億)に及ぶ信託財産(親が子の将来を約束する財産分与として貯蓄する定期預金)があるとホラを吹き、NYの社交会にまんまと入りこむことに成功します。

アンナはNYで高級ホテルに住み、有名レストランでお金持ち界隈の人々や有名人を招いたパーティを開催、また高級エステやブティックでのお買い物に興じます。

滞在先のホテルでは従業員たちに気前よくチップを払ったり、プレゼントを送ったりと、お金払いが良い若いドイツのお嬢さんという印象をこれでもかという程、周囲の人々に見せつけていきました。

アンナが使っていたお金は、偽装した様々な銀行からの小切手を利用したものでした。個人口座間で不正小切手を振り出しては、実際に決済が行われる前にお金を別口座に移動するという詐欺を働き、お金を手に入れていたのです。

またアンナは、金払いの良さを見せつけるだけでなく、母国語のロシア語に加えて英語やドイツ語、フランス語を流暢に扱い、さらにはビジネス用語も完璧に使いこなし、臆することもなく振る舞っていました。そのため、誰もがドイツ出身の育ちのいいお嬢さんとしてアンナを信じ、社交会の一員として受け入れていたそうです。

さらにアンナはお金持ちならではの「肩の抜けた贅沢さ」も抜かりなく演出。ホテル住まいに高級レストラン利用、髪やまつ毛のお手入れには大金をかけている、けれでも普段はジーンズにパーカーというカジュアルな服装、というメガ・リッチな人々にありがちな「普段は大金持ちに見える必要は無い」という見た目を緻密に計算して装っていたのです。

あらゆる角度からお金持ちを完コピし、誰もが疑わないリッチガールの地位を手に入れたアンナ。次第に様々な状況において常に好待遇を受けるようになっていきます。お金持ち仲間から紹介され、通常は前払い必須のはずのプライベートジェットを前払いせず利用できたり、クレジットカードを提示せずに高級ホテルに滞在したりと、まさにお金持ちという地位がもたらした信頼を悪用していきます。

支払いが滞ってしまった場合、「後で国際送金するから」「国際送金に時間がかかっている」というのが常套句でした。そんな言葉にも、多くの人がアンナを信頼し許していたといいます。こうしてアンナは、NYの富豪たちや銀行、さらには「令嬢アンナ・デルヴィー」に近寄る人々をカモに次々と騙していったのです。

大風呂敷を広げ、大金を使い果たし逮捕

大きな瞳でまだあどけなさが抜けない少女のよう、それでいて大人のビジネスの話もできるドイツからやってきた資産家の娘、そんなアンナの元にはホテルマンやウォール街の銀行家、俳優など、NYのお金持ちたちが集まるようになっていました。

そして2016年、アンナはマンハッタンに近代アートギャラリー、ホテル、クラブに高級雑貨店などが入る複合施設「アンナ・デルヴィー財団」を創設させることを名目に、2200万ドル(約25億円)のローンを組むことを計画します。

アンナはローンを組むために彼女の60万ドルにおよぶ財産を保障した銀行からのレターを偽造、投資会社にローンの申請をします。ところが、身辺調査のため10万ドル(約1000万円)の費用を要求されたアンナは、再度偽造書類を使い別の銀行にローン申請をします。別の銀行からは、2200万ドルは手に入らなかったものの、10万ドルを手にしたアンナは身辺調査にこのお金を利用したのでした。

しかしアンナは途中で「もうローンは必要ない」と言い出し、払い戻しである5万5000ドルを、ほぼ1ヶ月で高級エステ、レストランでの飲食・チップ代、さらにはパーソナルトレーナーへの報酬など、豪遊してすべて使い果たします。

不正融資を使い果たし、その後もなお小切手を不正に発行してはお金を使い続けるアンナでしたが、その金満ぶりには拍車がかかる一方でした。不正で得たお金を使うことに慣れてしまったアンナは、滞在許可の書き換えのために友人を誘ってゴージャスなモロッコ旅行を計画。映画「セックス・アンド・ザ・シティ2」の撮影で利用されたセレブ御用達の5つ星ホテルでゴージャスな滞在を楽しみます。

しかし、滞在3日後ホテル側から支払いを求められたアンナは、友人の一人に頼み込んで彼女のクレジットカード情報をホテルに提示させます。ホテルは当然友人に滞在費を要求、その額はなんと6万ドル(約700万円)を超えていたそうです。ここでも「必ず後で送金する」と言い張っていたアンナでしたが、返金されたのは結局5000ドルのみだったそう。それを受け友人は、2017年8月ついにアンナを詐欺容疑で告発したのです。

実はアンナはすでにこの頃、怪しい資金繰りに疑いを持った人々からの告発で、複数の詐欺容疑の捜査対象になってました。ほどなく、ニューヨークのメディアの間でもアンナの偽物疑惑が噂されソーホーのペテン師とあだ名までつけられていたアンナは、とうとう2017年10月の初旬に逮捕。詐欺、無銭飲食など告発された被害額は10ヶ月間だけでも、25万ドル(約3000万円)を超える額でした。

逮捕後も自分を犯罪者だと思っておらずセルフプロデュースに邁進

社交会のリッチガールがとんでもないホラ吹き女だったというオチで、ニューヨークの人々の注目を集めたアンナの逮捕劇。当の本人は、すっかり失意かと思いきや、無罪を主張。そして転んでもただでは起きないのがアンナ・デルヴィー、とんでもない図太さを後々人々に見せ驚愕させるのです。

というのも、アンナの類稀な詐欺事件にエンタメ界も注目し、動画ストリーミングサイト「ネットフリックス」がアンナのストーリーのドラマ化を決定し、張本人のアンナは多額の権利金を得られることに。

アンナは「ドラマ化」の知らせに大喜びし、裁判の自分の様子もドラマに反映されるだろうと、超有名スタイリストをネットフリックス側に要求。そのため、アンナは裁判所に場違いなおしゃれルックで登場し、人々を驚かせたのでした。しかも、おしゃれな服にもかなり要求をしたといいます。ドレスが時間通りに届かず、裁判が遅延したというエピソードまで報告されてたとか。

ドラマで描かれる自分像を気にし、おしゃれに執拗にこだわったアンナ。獄中での悩みは、自分の役を誰が演じるかだったとか。その証拠に「ジェニファー・ローレンスかマーゴ・ロビーに自分を演じて欲しい」と製作費が嵩むリクエストまでしたというので、呆れる図々しさというか図太さです。

また、アンナは服役中に「フェイク相続人」というタイトルで、ニューヨークで過ごした時間に関する本も執筆。自身のホラ吹き事件でまたしてもお金を稼ぐことに成功します。

罪を反省するどころか、逮捕後もなおセルフプロデュースに邁進するアンナに裁判所も黙ってはいません。裁判所は過去20年間で初めて、「囚人は自身の犯した罪から金銭的な利益を得てはならない」という法律を発動し、アンナが得る利益は、詐欺被害者に支払われることになったそうです。

こうして裁判中も反省の色は全くなし、最後まで無罪を主張したアンナでしたが、結局禁錮4〜12年の有罪判決を受けたのでした。

出所後も話題を振りまくアンナ

判決後、ニューヨークで最も悪名高い刑務所、ライカーズ島に収監されたアンナは、刑務所での善行により、20ヶ月後の2021年2月に仮釈放されます。ちなみに、判決で言い渡された賠償金や罰金はもちろんネットフリックスの権利金でカバーできたそう。

アンナは「刑務所生活を間近に体験できたことは、一種の社会学的実験であり、幸運だったと思っています」なんて上から目線の強気発言に加え、一連の事件やドラマ化で手にした知名度を利用し、再びゴージャスな暮らしを始めようと目論みます。

しかし、そう簡単ではないのが人生というもの。ドイツパスポートを持っているアンナは、逮捕直後に滞在許可が切れていたため、2021年3月に不法残留により入国管理局に逮捕されています。逮捕後、ドイツに強制送還をされる予定になっていたアンナでしたが、あろうことか「亡命」を申請。理由は、詐欺の犯罪によりメディアに取り上げられたことから、ドイツに帰国した場合に数々の脅迫を受けて、ドイツ国民から「自分の国を貶めたために報復される」ため身の危険を感じる、だとか…。

アンナはあくまでニューヨークに執着し、ドイツを拒否しているそうですが、亡命申請は却下されたそうです。しかし、弁護士を通じ控訴しているため、アメリカの移民税関捜査局と戦い(揉めながら)、ニューヨーク州にある矯正施設に拘束されたままだそう。

せっかく釈放されたのに、また逮捕。それでもなおアメリカで一花咲かせようと夢見るアンナですが、ドイツメディアのインタビューで犯罪者であるという非難について、「私は誰かを騙そうと思ったことはありません。私のビジョンは、みんなにお金を返せるくらい儲けることでした」と語っていたそうです。

それが本当なら、一刻も早く入国関連のゴタゴタを解決し、お金を返せるよう真面目に働くのが最善ですが…。ちなみに、アンナが銀行から2200万ドルのローンを受けようとした際、銀行を説得するために有名クリエイティブスタジオのオーナーに作成させた80ページにも及ぶ資料の製作費は未払いのままだそうです。

大胆かつ、懲りない性格でNYの富裕層たちをすっかり騙したアンナには、犯罪を犯したにもかかわらず、一定の支持者がいるのも確かです。それは、アンナが金満社会にはびこるお金持ちだけに許された特権を、いとも簡単に嘘で手に入れ、お金がもたらす信頼がいかに脆く危ういものなのかを暴いたことによるのか、はたまたハッタリと嘘で体当たりし、NYという大都市のお金持ちたちを見事に騙したアンナという人間への純粋な興味からなのかもしれません。

生きていく上でお金は必要です。しかし、お金の上に成り立つ人間関係や華やかな世界は、一方で虚しさが伴うもの。人が求める幸せは、それぞれ違うといいますが、これがアンナの思い描いた幸せだったのでしょうか。今後もなんだかんだ、そのぶっ飛んだとんでもなさでメディアを騒がせそうですね。

アンナを題材にしたネットフリックスドラマのトレイラーはこちらからご覧いただけます。

プレビュー画像:©︎Instagram/annadelveycourtlooks

出典:esquire, tagesspiegel, nywonder