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【ガーナのピーターパン】性欲が湧かない少年は、性同一性障害を疑った。明かされた真実は珍奇だった。

YouTube/Jena Shela

ガーナ人男性で、医学生でもあるローレンス・クームソンは悩んでいました。自分が、他の人たちと違うのではないかという思いに苦しんでいたのです。

その悩みが始まったのはローレンスが高校生の時でした。思春期真っ只中の男子高校生たちの中にいて、ローレンスはそこに馴染めずにいました。仲間たちが「あの女の子が可愛い」「コイツがガールフレンドとキスした」などと性的な話題で盛り上がる中、ローレンスには何が面白いのか、さっぱり分からなかったのです。いくら楽しんでいるフリをしようと、ローレンスの心の中には違和感が募っていきました。

The Kiss...

さらにローレンスはスポーツが苦手でした。チームスポーツをプレーすると周囲のスピードについていけず、クラスメイトからからかわれる毎日。さらに、周りのクラスメートたちが体毛が濃くなりどんどん男らしい体つきになっていく中、ローレンスだけは子供のような体つきのままで、声変わりすら訪れていなかったのです!

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誰にも打ち明けられぬまま悩みを抱え込んでいたローレンスですがある日ついに意を決して父親に相談します。しかし父親は「考えすぎだ」と相手にしてくれず、地元の医者も「成長には個人差があるから」と真剣に取り合うことはありませんでした。

しかしどうしても納得のいかないローレンスは、自分で医学を勉強し、自分の体の謎と向き合う決意をします。医学を学ぶ中で、ローレンスは自身が性同一性障害なのではないかと疑い始めます。しかしながら、ローレンスは男性に対して性的な興味を抱いたことはありませんでした。

Gay Pride Milano 2011

耐えかねたローレンスは、大学で遺伝病の研究を行う医師のもとを訪ね、精密な血液検査をしてもらえることになります。血液検査の結果は、驚くべきものでした。ローレンスの血液中のテストステロンの値は、非常に少なかったのです。テストステロンは男性ホルモンの一種で、作用として筋肉増大、骨格発達、陰毛発達などが挙げられます。ローレンスのテストステロン値は、1歳の乳児とほぼ変わらないような値だったのです。ローレンスはこの結果により、『カルマン症候群』と診断されます。

カルマン症候群は1万人に1人程度が発症する非常に珍しい病気で、代表的な症状として、第二次性徴が現れないということが挙げられます。そのため、ローレンスにはヒゲが生える、体毛が濃くなる、声変わりする、精子が作られるといった第二次性徴特有の身体の変化が訪れなかったのです。

ローレンスは性腺刺激ホルモンを注射する治療を開始します。するとすぐに身体に変化が訪れます。うっすらとヒゲが生え始め、声変わりまで始まったのです。さらに、今まで感じたことがなかった女性に対するときめきを経験するまでになります。

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その後、晴れてガーナで医師として働き始めたローレンス。そんなある日、兄の勧めもあり、医療のより進んだロンドンへ引っ越すことになります。そこで内科医として働くかたわら、知り合いの医師たちを通して、カルマン症候群の権威であるピエール・ボーロー氏から治療を受けられることになったのです。ローレンスはその時33歳になっていました。

今まで性腺刺激ホルモン注射の治療を受けたことがあったローレンスですが、高額すぎて継続することができないでいました。ボーロー氏は、ローレンスの臀部の6箇所にホルモン剤のインプラントを埋め込みました。ホルモン剤は数ヶ月かけてゆっくりと体に溶けていき、200ミリグラムのテストステロンが徐々に投与されていく仕組みです。

YouTube/Jena Shela

治療を開始して6ヶ月、ローレンスのテストステロン値は実に37.3まで上昇しました。これは成人男性の平均値を上回るものです!ローレンスはさらに男らしくなり、この変化に戸惑いと喜びを隠せませんでした。しかしながら、困ったこともありました。自分でテストステロンの投与量をコントロールできないので、勃起が起こって36時間もそのままだったこともありました。

YouTube/Jena Shela

2006年、ローレンスはガーナへ帰国していきました。治療を受けるまで、ずっと少年の体のままだったローレンスが、空白の時間を埋めるまでには時間がかかるでしょう。しかし新しい経験を得られる喜びにワクワクしていると言います。大人でありながら子供の体であり続けたローレンス。しかし彼は強い意志で自らの道を切り開きました。本当の自分に出会うのに、遅すぎるということはないのかもしれません。