下半身がボールだった女の子 競泳でパラリンピック出場を果す

中国の雲南省出身の钱 红艳 (チェン・ホンイェン)さん。元気に生まれた女の子でしたが3歳の時に大型トラックに跳ねられ、腰から下を失ってしまいました。 事故の時の様子を母の周 焕苹(ジョウ・ファンピン)さんは今でも鮮明に憶えています。

「事故の瞬間、気がついた時にはもう遅かった。私は道の反対側に立っていて、何もすることができなかったの。小さな娘が大きなタイヤの下敷きになってしまった時の光景は恐ろしかった。きっと一生忘れることはできない」

Youtube/nollygrio

少女の命を救うために、医師達は苦渋の決断をします。それは両足と寛骨、さらに下の肋骨の切断でした。ホンイェンさんは上半身だけの身体となってしまいまったものの家族は貧しく、義肢などの高額な補装具を購入することはできませんでした。

その後、ホンイェンさんは祖父のお陰で再び動き回れるようなります。孫が少しでも楽に動けるように何かできることはないか...。祖父はバスケットボールに穴を開けて孫娘の胴体に装着し、2枚の木の板から手で掴めるハンドルを作ってくれたのです。それからは、このバスケットボールが彼女の足になりました。

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「朝起きたら、足が凍るように冷たかったの。だからママに『靴を履かせて』て頼んだのだけどママは何も言わなかった。かわりにママの涙が私の顔に落ちてきた。そのとき、これから先は靴下も靴も必要ないんだ、ということを実感した。もちろんズボンもね。だってバスケットボールを履いてるんだから!」

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村では「バスケットボールの少女」と呼ばれていたホンイェンさん。彼女の一生懸命に力強く生きる姿は、ネットを通して全国に広まりました。そして12歳になったとき、信じられないことが起きます。再び足を手に入れることができたのです。これは、彼女の姿を見た中国中の人からの寄付金によるものでした。

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ホンイェンさんはその後、中国初の障がい者の水泳チームに入ります。

「他の子たちよりも泳ぎを習うのは難しかった。全く浮かべなくって、どんどん沈んでしまって」

それでも諦めずに頑張り、2年後の2009年に全国大会に出場し優勝を獲得します。生まれて初めての金メダルでした。その後も大会に出場し続けた彼女は、2015年9月の全国大会100メートル平泳ぎで金メダルに輝き、そして見事、2016年のパラリンピックへの出場を果たしています。

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ホンイェンさんは今、21歳です。さらに新しい義足を身につけて嬉しそうな様子ですが今でもバスケットボールは持っているのだとか。

「プールから出るときは、ボールの方がずっと楽なの!」

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貧困と障害、困難な運命に負けることなく、自分なりの道を突き進んでゆくチエンの姿は世界中の障人に勇気を与えています。穴の開いたバスケットボール、義足、そしていつも笑顔のホンイェンさん。自らの身体で将来を勝ち取ろうと頑張る彼女を、これからも応援しています!

ホンイェンさんのエピソードを紹介した動画です。(英語音声のみ)

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