全てを失った24歳の女性、飲酒運転に対する必死の訴え

テキサス州に住むクリスチャン・ゲレロとその夫のファビアンは24歳になったばかりの若い夫婦で、初めての子どもが生まれるのを心待ちにしていました。超音波検査で男の子だと判明したお腹の中の子どもは、2016年が明ける頃に生まれてくる予定でした。

82日、夫婦は昼食を終えた後、家に帰るために車を走らせていました。しかしファビアンにとっては、これが人生の最後のドライブとなってしまったのです。

泥酔状態の男性が運転する車が、夫婦の乗っていた乗用車を押しつぶすように激突してきたのです。

ファビアンは即死でした。クリスチャンも重傷を負い病院へ緊急搬送されました。検査が行われた結果、お腹の中の赤ん坊は弱っていたもののまだ心臓の鼓動が確認されました。しかし残念ながら、この赤ん坊も数時間後に亡くなり、人工分娩を行うという辛い決断が下されました。

「この腕に赤ちゃんを抱きかかえたとき、なんだか心が平穏で満たされていくような気がしました」

若くして未亡人となってしまったクリスチャンは、声を詰まらせながら話します。

「腕の中の赤ちゃんの小さな顔を見ると、父親のファビアンがそばにいてくれるような気がしたのです。泣きながら、ファビアンにこの子の面倒見てくれるようお願いしました。そのとき同じ部屋の中にいたみんなにとって、それは悲しい瞬間だったと思います。赤ちゃんは本当にファビアンそっくりで、私はそのとき夫にもう一度会える最後のチャンスをもらったのだと感じたのです。彼は、私の人生の中で一番大切なものでした」

クリスチャンが失ったものや壮絶な痛みは、想像を絶するものがあります。クリスチャンには、二人の死を無駄にしたくないという思いがありました。そこで彼女は、病院で撮影された自分の写真に自分の想いをメッセージを添えて、投稿したのです。

「これは、ついに息子をこの手に抱くことができた私の写真です。私は車の追突事故に遭い、その事故で夫と息子を失くしました。事故から24時間経ってお腹の中で亡くなった息子を誘発分娩し、こうして抱くことができました。

すべては、泥酔した状態で車を運転しても大丈夫だと考えた人のせいです。

大丈夫なわけがありません。

大丈夫なのは、酔っぱらったまま運転しようとする友人がいたらそれを諫め、車のキーを奪ってしまうことです。

大丈夫なのは、飲んでしまったときに電話を取り出して誰か代わりに運転してくれる人に連絡を取ることです。電話をしても、決してあなたが弱いということにはなりません。自分自身に対して正直であり、酔った状態で車を運転したらどうなるかを十分に理解している証です。成熟したものの考え方ができるということです。

誰も運転できないほど酔っぱらってしまったことを恥じる必要は決してありません。本当に恥じるべきは、自分が他の誰かの命、なによりまだこの世に生まれてすらいない小さな命を永遠に奪ってしまったことです。そのことを死ぬまでずっと後悔し続けることになるでしょう。そんなことになってはならないのです。

絶対に飲酒運転しないでください。自ら人生の自由を奪うような真似はやめてください。あなたの命だけでなく、道路にいるすべての人の命が危険にさらされるのです。

8月2日、私も死んでいたかもしれません。でもまだ私の時ではなかった。残された私は夫と息子のためにも戦い続けます。死を迎えるその日まで、注意を呼びかけ、自分が体験したことを語り継いでいくつもりです。毎日私が抱えている苦しみは、誰も経験するべきものではないからです。

私は、夫と息子の死を決して無駄にするつもりはありません。」

事故を起こした車を運転していた21歳の運転手も深刻な怪我を負いましたが、生き延びることができたそうです。この男性はその後、飲酒運転過失致死傷罪及び飲酒運転殺人罪で起訴されています。

クリスチャン、そして加害者も、この悲劇を背負ってこれからの人生を歩んでいくことになります。このクリスチャンの力強いメッセージが、他の誰かの人生を変え、取り返しのつかない事故を防ぐきっかけになることを祈っています。

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