まるで人間: 子ゴリラを我が子同然に育てた女性

霊長類の中でも、ゴリラやチンパンジー、オランウータンなどの「類人猿」は最も人間に近いとされています。 知能が高い類人猿は、複雑な社会構造を持つ集団を形成し生活しています。類人猿と触れ合う機会に恵まれれば、いかに人間に似ているのかを認識するのにそう時間はかかりません。

動物保護法の制定以前、現在では森林破壊などにより絶滅危機に瀕しているゴリラがペットとして飼われていた事例がいくつかあります。20世紀初頭、イギリスの小さな町ウリーに実在した「ジョン・ダニエル」と名付けられたゴリラは、飼い主の家族との間で愛情を育み、地域の一員としても受け入れられていました。

ジョン・ダニエルの親は、アフリカ中部ガボンでフランス人兵士によって殺されました。孤児となった子ゴリラのジョン・ダニエルは捕獲され、やがてイギリスにたどり着きます。1917年、ウリー出身のルパート・ペニーという男性がロンドンのペットショップでジョン・ダニエルに出会い、当時の金額300ポンド(2017年2月現在の金額で約340万円)で購入しました。

ルパートは子ゴリラに「ジョン・ダニエル」という人間らしい名前を与えただけでなく、ルパートはジョン・ダニエルを妹のアリスと共に生活させ、人間の子供を養育するかのように育てたのです。

ジョン・ダニエルは「社会性」を身につけていき、コミュニティの一員として歓迎され、受け入れられるようになりました。町の子供たちと散歩に出かけるようになり、伝統的慣習であるアフタヌーンティーの集いにも参加していたそうです。子供たちはしばしばジョン・ダニエルを手押し車に乗せて町に連れ出すのでした。

ジョン・ダニエルはグルメとしても有名で、時折グラス一杯のシードルを嗜んでいたそうです。テーブルマナーは一見非の打ちどころがなかったのだとか。

つい最近まで、この特別な隣人について記憶している人々が存命していました。ジョン・ダニエルがいかにバラ園を手入れするのが好きだったか、極上の花の食事を作ったエピソードなどを笑いながら語っていたそうです。

人間との微笑ましい交流を続けながら、穏やかな幼少期を過したジョン・ダニエルでしたが、その生涯はハッピーエンドとはいきませんでした。

やがてジョン・ダニエルが成人すると、野生動物の飼育に関する知識を持たないアリスは以前のようにしっかりと面倒をみることができなくなってしまいました。そこでゴリラとしてより良い環境を見つけることができるよう願い、アリスはジョン・ダニエルをアメリカに送ったのです。

しかし、残念ながらアリスの期待通りにはいきませんでした。

ジョン・ダニエルはサーカスの舞台監督に買われ、動物園で見世物にされてしまったのです。ジョン・ダニエルはアリスを恋しがるあまり、体調を崩していきます。食事もほとんど喉を通らなくなり、すっかり心を閉ざしてしまいました。この知らせを受けたアリスはただちにアメリカに渡り、愛するジョン・ダニエルを連れて帰るため何とかして見つけ出そうとしました。

しかしアリスが迎えに来るわずか前に、ジョン・ダニエルは肺感染症がもとで亡くなっていたのです。1921年の出来事でした。亡骸は剥製処置を施され、ニューヨークの博物館で現在も展示されています。

ゴリラは、人間に囲まれて育てば、少なくとも幼少期は私たち人間の振る舞いを習得し生活を共にする能力があるといわれています。ジョン・ダニエルは束の間ではありましたが、人間のコミュニティの一員として多くの人々に愛されました。しかし同時に、仲間のゴリラたちと自然から引き離されてしまったジョン・ダニエルの生い立ちは悲劇にほかなりません。

人間はこれまで狩猟や採集、生息地の破壊などを通じて、自然のバランスを崩しながら多くの種を絶滅に追いやってきました。ジョン・ダニエルの死から100年近くが以上たった今も、人間の影響による種の減少は依然進行しています。

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