「ゾウのはな子」日本にはたった1頭で暮らす孤独な象がたくさんいるという現状を考える

ゾウの「はな子」は戦後初めて日本にやって来たインドゾウです。2016年5月26日、井の頭動物園で69歳で亡くなりました。 絵本やテレビドラマの題材としても取り上げられ、世代を超えて愛され続けていたはな子でしたが、亡くなる直前に「世界一悲しいゾウ」として世界中で話題になったことをご存知でしょうか?

はな子が日本にやってきたのは1949年のことです。日本では戦時中に猛獣処分によって多くの動物が薬殺、絞殺、餓死などで亡くなっていました。戦後、タイ政府が「日本の子どもたちにゾウを見せたい」と、東京の上野動物園に贈ったのが2歳半の「カチャー」でした。カチャーはその後、上野動物公園で亡くなった花子(ワンリー)にあやかって「はな子」と名付けられ、1950年から移動動物園で日本各地を訪れています。やがて武蔵野市・三鷹市ではな子の展示を求める声が上がり、1954年に上野動物園から井の頭自然文化園に移されました。

しかしゾウは本来、群れで生活する動物です。井の頭自然文化園で1頭きりの生活を始めたはな子は心労やストレスが増え、気性も荒くなっていきました。そして井の頭動物園で2度の死亡事故を起こしてしまいます。

深夜にゾウ舎に侵入した酔客、さらに男性飼育員を踏み殺してしまったのです。

世間に「殺人ゾウ」として非難され、殺処分すべきだという意見が上がったため、はな子は狭いゾウ舎の中に前足を鎖で繋がれた状態で2か月以上も閉じ込められてしまいます。その間、はな子はアバラ骨が浮き出るほどやせ細り、ストレスで4本のうち3本の歯を失なってしまったそうです。

20130427_hanako_inokashira zoo

人間不信になり凶暴化していたはな子は、その後、飼育員の山川清蔵さんと出会います。

しかし人を傷つけるまでに追いつめられていた孤独なゾウは、なかなか心を開いてくれませんでした。山川さんは、はな子を鎖から外して付きっきりの世話を続けます。はな子が山川さんの存在に安心して手を舐めてくれるようになるまで6年、体重が戻るまでには8年もかかったそうです。

山川さんははな子に深い愛情を注ぎ、30年に渡って飼育を担当しました。やがて、かつての温厚さを取り戻したはな子は井の頭動物園のマスコットとして人気を集めるようになります。直接的な飼育方法がはな子の動きを生き生きとさせると評判を呼び、多くの来園者が動物園を訪れました。

1頭と1人の交流は本やドラマにもなり、多く人々の涙を誘いました。やがて定年を迎えた山川さんは動物園を去り、はな子の世話は息子の山川宏治さんのチームに受け継がれました。飼育員たちとはな子の信頼関係は高く評価され、賞を受賞したこともあります。

はな子の檻に変化が現れたのは、すでに60歳を過ぎた数年前のことでした。飼育員が鼻で転倒させられたり獣医師が投げ飛ばされる等の事故が再び起きていたため、2011年から飼育方法が柵越しに世話をする準間接飼育に移行する措置がとられたのです。これは、飼育員との直接の触れ合いが減ってしまうことを意味しました。人懐っこいはな子を知る飼育員たちにとっては悔しい決断でした。

それからというもの、はな子は飼育員用の出入り口にたたずむようになります。

はな子が海外で話題になったきっかけは、そんなはな子の様子を見た1人のブロガーの投稿でした。井の頭自然文化園を訪れた Ulara Nakagawa さんは、その時のことを次のように語っています。

「彼女が監禁されている状況を直接見て、ショックを受け、落胆した。現代では考えられないほど前時代的で、悲惨な動物園だった。彼女はたった1頭で、コンクリートの壁に囲まれ、快適も刺激も与えられず、まるで置物のように、ほとんど死んだように立ってた。他にできることは何も無さそうだった。心が痛んだ。さらに最悪なのは、この動物園が東京で最も豊かな地区の1つにあるってことだった。」

Ulara Nakagawaさんの訴えにイギリスの動物愛護団体が反応し、署名活動が始動しました。嘆願書の内容は、はな子を適切なゾウの保護区域へ移すか、適切な施設で仲間のゾウとコミュニケーションんを取れる環境においてあげたい、というもので、大きな注目を集めました。さらに、はな子は「世界一悲しいゾウ」として海外メディアで取り上げられ「はな子をコンクリートの牢獄に押し込めている」などの意見が飛び交い、アメリカの掲示板サイトredditでも2000件以上のコメントが付くなど、活発な議論が交わされていました。残念なことに、動物園には海外から批判の目が向けられしまったのです。

タイの保護地区

Patara Elephant Sanctuary, Chiang Mai 2012

高齢のはな子が60年以上も1頭で、草木の無いコンクリートの古くて狭い施設で暮らしているのは事実でした。しかし、61年も1頭で暮らしてきた年老いたゾウを、どうやって海外の保護区域へと連れて行くというのでしょうか。動物園での展示はできるだけ自然界に近い環境を作り、できるだけ自然の姿で見せようとする「生態展示」が理想的です。しかし現在の日本には、動物園における展示基準や動物の権利と福祉に関する基準がありません。その上、施設の老朽化が進む動物園が多く、再生への挑戦を行う施設もありますが、そのための資金集めにも時間がかかっているのが現実です。すでに何年も前から飼育環境に関する厳しい基準が設けられている欧州から批判的な声が上がるのも理解できます。環境の整った動物園に比べると、確かに財政に苦しむ動物園で暮らす動物たちが可哀想に見えてしまうのは無理もありません。

ドイツの動物園:アフリカゾウ

Berlin; Berlin: African Elephants, Tierpark Friedrichsfelde

Berlin Zoo

「はな子の部屋」

R0010370

しかし井の頭動物園では、できる限りの世話をしていました。例えば、高齢のはな子の健康管理のため、カロリーがきちんと計算された質の高い食事が一日に何十キロも用意され、職員は毎日、歯が一本しかないはな子のためにバナナの皮を一本ずつ剥き、野菜を煮て、大好きなおにぎりは1個ずつ手作業で握っていました。施設は古くて前時代的かもしれませんが、飼育員ができるだけ工夫を凝らして世話をしてあげていることが伺えます。はな子が他のゾウと触れ合ったのは半世紀以上も前で、その後、人と触れ合う機会も減ってしまいましたが、この井の頭動物園での手厚い世話があったからこそ69歳まで生きることができたのではないかという意見もあります。

Ringling Brother Circus Elephant

動物園のアイドルの過去を知り、複雑な気分です。60年以上もずっとひとりでいることの寂しさを想像すると涙が溢れてきます。遠目から眺める分にはかわいい動物たちですが、私たちは普段、彼らの権利や福祉について考える機会をあまりにも持っていないのかもしれません。はな子の本当の気持ちは分かりません。しかしはな子が孤独で寂しい最後を迎えたのだとしたら、それは私たち人間がもたらした結果なのでしょう。

日本には、はな子のように動物園でたった1頭で暮らしている孤独なゾウが12頭います(2016年時点)。このゾウたちが安らかな生活を暮らせるよう、私たちにできることを改めて考え直す必要があるのかもしれません。

はな子さん、どうぞ安らかにお休みください。今後は残されたゾウたちにとって、ベストなケアが再検討、再確認されることを願うばかりです。

コメント

おすすめの記事