【日本神対応】アフガニスタンに広がる不毛地帯に日本人は木を植え続けた。約10年後その景色は劇的な変化を遂げる。

皆さんは「緑の大地計画」という活動をご存知ですか?パキスタンで医療活動をする国際NGO団体「ペシャワール会」の中村哲医師が中心となり続けてきた活動で、2000年の大干ばつにより大規模な水不足が発生し、アフガニスタンで赤痢患者が急増したことがキッカケでした。

アフガニスタンは人口の90%が農民で、水が出なくなった土地に国民は暮らすことができません。昔から農業を営んでいたアフガニスタン人の多くは干ばつによって仕事を失い、大都市へ出稼ぎに出たり、軍隊に入ったりするなどしていました。しかし農民がいなくなってしまったら、農村が消え緑はさらに減る一方です。またアフガニスタンという国自体が自給自足をすることが困難になってしまいます。

そんな中、中村さんの活動する「緑の大地計画」は干ばつによって被害を被った農村の復興、さらには農民の帰還を目標に灌漑用水路の建設を始めました。灌漑とは農地に外部から人口的に水を供給することで、すっかり乾ききってしまったアフガニスタンの地に水をひこうという計画です。岸が崩れないように「蛇籠」(じゃかご)と呼ばれ、かごの中に石を入れレンガのように積み立てるという日本の伝統的な技術を用いて作業は行われました。後々アフガニスタンの人々が補修工事を自らの手で行えるように、アフガニスタンで手に入る資材のみを使っての作業が続けられます。

灌漑工事の際に中村さんらが特に重要視したのは一本の木でした。せっかく積み上げた蛇籠も崩れてしまっては元も子もありません。そこで中村さんは柳の木を岸に植えることを提案。そうすることで木が育つにつれ、根が籠を覆い、岸の補強に繋がるというわけです。用水路の建設が始まったのは2003年3月。少しづつですが用水路が出来上がり、水を供給できる農地が広がると、なんと驚くべきことにパキスタンなどへ逃れていた難民がその地に帰ってきたのです。その数なんと約15万人。中村さんたち活動家の努力は実りつつありました。

そして2010年、着工から7年もの歳月を経てついに用水路が完成しました。そして用水路に水が通ってから数年のうちに砂漠の大地は見事に緑あふれる農業地帯へと変貌を遂げるのです。

上と下の写真はまるで同じ土地を写したものとは思えません。大干ばつで砂漠になってしまった大地に日本人が現地の人とともに緑を蘇らせたのです。いまでは帰還した人々のためのモスクやマドラサと呼ばれる教育施設も建設され、街としての機能を取り戻しつつあるそうです。

戦争や干ばつによって失われた故郷を日本が救ってくれたと、上記の写真が掲載されている在アフガニスタン日本大使館のFacebookページには日本への感謝の言葉が沢山寄せられています。それは見返りを求めない中村医師の活動が実を結んだ瞬間と言えるのではないでしょうか。日本人として誇りに思います。

コメント

おすすめの記事