自傷行為の傷跡に悩む19歳を救ったタトゥー職人

アイルランド在住の19歳、イーファ・ラベットは若くして精神疾患を患い重度の鬱病に苦しむという辛い経験をしました。特に精神状態が最悪の状態だった時期、イーファにとって精神的苦痛から逃れる唯一の方法は自傷行為、リストカットでした。カミソリの刃で自身の右前腕を深く切り込むため、激しい痛だけでなく大量の出血を招き、切り傷は癒えても傷痕は消えることなく残ってしまうのです。

 

Twitter / Demilked

幸いにも鬱を克服し心の健康を取り戻すことができたものの、肌に残る自傷痕を見るたびに過去の苦しい日々のフラッシュバックに悩まされていました。

「あの辛い状態から抜け出し、心の傷が癒えるまで数年間かかりました。でも今でもこの傷痕を見ると自分がしたリストカットや、当時の追い詰められた自分の心境まで思い出してしまうんです。特に家族と一緒にいるときは傷痕のせいで自分を恥ずかしい存在に感じ、罪悪感に苛まされます」

Facebook / Aoife Lovett

最終的にイーファはタトゥーで傷痕を隠すことにします。しかし傷だらけの素肌にタトゥーを施してくれるタトゥー職人を見つけることはそう簡単ではありませんでした。

「仕上がりへのリスクや通常以上に施術に手間がかかることから、多くのタトゥー職人から傷痕へのタトゥーを断られました」

 タトゥー職人を見つけることをほとんど諦めかけたイーファは、このまま傷痕を隠すことができずに人生を送るのかとひどく落ち込みました。そんなとき、母親がダブリン在住のタトゥー職人ライアン・ケリーのプロジェクトを見つけたのです。

Instagram / ryanseanthepirate

『Scars Behind Beauty(美しさの陰の傷痕)』プロジェクトでライアン・ケリーは傷痕をタトゥーで隠したいと希望する元リストカット経験者に施術協力しています。ライアンがこのプロジェクトに参加するきっかけは2017年2月、若い女性から思わぬ依頼を受けたことが全ての始まりでした。

「突然女の子がタトゥーショップに来て、傷痕をタトゥーで隠したいと言うんだ。その子と話すうちに、どんな経緯が背景にあったのか語ってくれたんだ。話が終わる頃には、施術料を受け取るわけにはいかないと思ったよ。だってその子にとっては(傷痕に施されたタトゥーは)タトゥー以上の意味があるものだったから」

Facebook / Ryan Sean K

以来、ライアンは自傷痕の残る素肌にタトゥーを施すようになりました。もちろん、切り傷により凹凸のある肌にタトゥーを入れることは通常の肌に比べ非常に難しいということをライアンは熟知しています。実際に傷痕への施術依頼を断るタトゥー職人の心境も理解できるそうです。

「彼らが断るのも多少は分かるよ。タトゥーを施す場合、ベストな仕上がりのためには滑らかな肌じゃないといけないからね。肌が平坦でない場合は時間がかかることもあるし。でも僕にとっては辛い過去を持つ誰かの救いになるのであれば、施術の多少の苦労はなんてことないよ。それくらい意義のある取り組みなんだ」

Instagram / ryanseanthepirate

このプロジェクトのため、ライアンはプライベートの時間を割いて毎週土曜日に無料で心の健康障害を克服した依頼者の自傷痕の残る肌にタトゥーを施しているのです。

昨年、友人と恩師を鬱が原因の自殺により失ったライアンにとって、精神健康障害に苦しむ人々に希望の光を見出す手助けをすることは一層重要な意味を持つのです。ただ単に肌に絵を彫り入れるだけでなく、前向きにこれからの人生を生き抜くための力や希望、勇気なども一緒に彫り込んでいるのです。

Twitter / Independent LIFE

ようやく依頼を受けてくれるタトゥー職人を見つけたイーファ。早速ライアンに施術の予約を入れ念願のタトゥーを前腕の傷痕の上に入れることができたのでした。銀細工の短刀に大輪のバラがあしらわれたデザインはイーファにとって人生のどん底から這い上ががることができた証そのものなのです。もう傷痕を気にして腕を隠したり、過去の苦しみに囚われることもありません。タトゥーに後押しされるように新たな力を得て人生を前向きに受け止めることができるようになりました。

「ライアンは私たちに前を向いて生きるために力を貸してくれるのです。辛い過去の象徴である傷痕の上に美しい絵を描いてくれるのです。これまで傷痕への視線や質問を恐れてTシャツで外出することもままならなかったけど、もうそんな不安に苛まされることもありません。タトゥーは私に新たな自由と自信を与えてくれたのです。ライアンの取り組みは本当に素晴らしいと思います」

Instagram / ryanseanthepirate

ライアン・ケリーは傷痕だらけの素肌に新たな息吹を吹き込むタトゥー職人の一人です。現在、ライアンの施術を待ちわびる300人以上の人々がウェイティングリストに名を連ねています。ライアンはその一人一人が暗い過去から完全に脱却できるよう手助けをするのです。

欧米に比べ、タトゥーに対して世間一般のネガティブなイメージや社会的制約の強い日本では傷痕を隠す手段としてタトゥーを選ぶことはそう安易には決断できないかもしれません。しかしイーファが暮らすアイルランドを始め、比較的タトゥーが一般に浸透している国であれば、過去の心の病の象徴である自傷傷痕を覆い隠しすタトゥーは、辛い体験を乗り越え前向きに生きる力と自信を与えてくれるという点からも非常に有効な選択なのかもしれません。これからの人生でイーファが大きな壁にぶつかったとき、心が折れそうなとき、そんなときにこそ前腕に描かれた過去に障害を乗り越えた「証」こそ、きっと彼女に大きな力を与えてくれることでしょう。

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